しゅじゅのことば
侏儒の言葉
- 読了時間
- 約1時間9分
- 文字数
- 34,393字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文藝春秋」1923(大正12)年1月~1925(大正14)年11月、「文藝春秋」1927(昭和2)年9月
三行でいうと
- 道徳や恋愛、芸術や政治を題に短い断章を次々と並べた、芥川龍之介の箴言集である。
- 「道徳は便宜の異名」と言い切り、人生を一箱のマッチにたとえて、世の通念を裏返していく。
- 後半の遺稿では「わたし」と題した断章が続き、語り手が自分の恋や嘘を短く打ち明ける。
登場人物
- わたし
- 断章を書き連ねる語り手で、遺稿では自分の恋愛や嘘、両親への孝行について短く語る。
- 侏儒
- 「侏儒の祈り」で、貧乏にも富裕にも英雄にもしないでくれと願う道化である。
- Mephistopheles
- 博士に化けて大学の講壇に立ち、作品を貶すための批評学を講義する。
- S・M
- わたしの友人で、弁証法や少女や追憶などに短い定義を与える言葉を話す。
読みどころ
中心にあるのは、誰もが信じている物事を一度疑ってみる目である。道徳は古着にたとえられ、正義は敵にも味方にも買われる武器にたとえられる。皮肉の多い言葉だが、笑ったあとで自分の思い込みに気づかされる。
一つの断章は一行から数段落ほどの長さで、どこから読み始めてもよい。注目したいのは「批評学」で、博士に化けたMephistophelesが作品を半ば認めて貶す論法を講義する。大地震の夜の見張りを独白で描いた「或自警団員の言葉」のように、語りの形を変えた断章もある。
『侏儒の言葉』は、芥川龍之介が雑誌『文芸春秋』に創刊号から連載した箴言集である。後半には遺稿として残された断章が収められている。前半の軽やかな皮肉と、死や自分を語る後半の短い言葉との違いも読みどころになる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
前半は序に続いて、星、鼻、修身、好悪と題した断章が並ぶ。終わり近くには作家の心得を書いた短い断章が重なり、俳優や歌手の幸福は作品の残らないことだと思うこともある、と書いて区切られる。
続く「侏儒の言葉(遺稿)」では、理性や運命、自殺や死についての断章が並ぶ。「わたし」と題した断章では、語り手が良心を持たず神経ばかりを持つと書き、恋愛や嘘、金銭や両親について短く打ち明ける。「民衆」では、大正十二年に「たとい玉は砕けても、瓦は砕けない」と書いた確信が今も揺らがないと述べる。昭和改元の第一日の日付で「わたしは勿論失敗だった。」と書き、無数の種子を宿す大きい地面がある限り、一本の木が枯れることは小さな問題だと続ける。
最後は昭和改元の第二日の日付を持つ「或夜の感想」である。「眠りは死よりも愉快である。」の一行と、少なくとも容易には違いない、という一言で全体が終わる。
読んでみる
青空文庫で無料で読む図書カード:侏儒の言葉本で読む
注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。
次に読むなら
公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日