かっぱ
河童
- 読了時間
- 約1時間15分
- 文字数
- 37,092字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「改造」1927(昭和2)年3月
三行でいうと
- 精神病院の患者である第二十三号が、だれにでも語る話だ。三年前の夏、穂高山へ登る途中で河童に出会う。
- 河童を追って穴へ落ちた僕は、河童の国で目を覚ます。特別保護住民となり、医者や詩人や哲学者と親しくなる。
- 河童の国では恋愛も法律も産業も人間の常識とさかさまだ。僕は驚いて笑い、ときには腹を立てて嘔吐する。
登場人物
- 第二十三号
- S精神病院の患者で、河童の国で暮らした話をだれにでも繰り返す語り手である。
- バッグ
- 僕が梓川の谷で最初に見かけた河童で、妻子を持つ漁夫である。
- チャック
- 鼻目金をかけた医者で、穴に落ちて気を失った僕を自分の家で手当てする。
- ラップ
- 河童の学生で、雌の河童に抱きつかれたあと嘴が腐って落ちてしまう。
- トック
- 髪の長い詩人で、自由恋愛家を名乗り、家族制度を莫迦げていると言う。
- マッグ
- トックの隣に住む哲学者で、「阿呆の言葉」という本を書く。
- ゲエル
- 硝子会社の社長で、この国の政党や新聞を裏で支配していると語る資本家である。
- クラバック
- 超人倶楽部の会員の作曲家で、ロックという音楽家に強くおびえている。
- ペップ
- 裁判官で、マッグの家で僕に河童の国の刑法や死刑の話をする。
読みどころ
河童の国では、人間が真面目に考えることを河童が笑い、人間が笑うことを河童が真面目に考える。お産の前に父親は腹の子へ「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、よく考えた上で返事をしろ」と尋ねる。家族も恋愛も法律も、ここでは人間の国と逆向きに働く。逆さまの国を眺めているうちに、読み手は人間の国の常識のほうが怪しく見えてくる。
話は精神病院の患者の語りとして書かれていて、聞き手の僕が書き留めたものという形になっている。序で患者が「出て行け! この悪党めが!」と怒鳴る場面を先に読んでおくと、そのあとの河童の話の聞こえ方が変わる。音楽会での演奏禁止の騒ぎや、ゲエルの晩餐での会話には声を出して笑える皮肉が多い。マッグの「阿呆の言葉」の章には、「我々は人間よりも不幸である。人間は河童ほど進化していない。」のような警句が並んでいる。
原文の末尾には昭和二年二月十一日の日付がある。芥川龍之介はこの年の夏に亡くなった。芸術、宗教、生と死をめぐる河童たちの会話は、晩年の芥川龍之介の作品を読む手がかりにもなる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ある日、マッグの家にいた僕らは隣からピストルの音を聞く。駆けつけると、トックが頭の皿から血を流して死んでいた。クラバックはトックが最後に書いた詩稿を読み、「しめた! すばらしい葬送曲ができるぞ。」と叫んで飛び出していく。マッグは、河童以外の何ものかの力を信ずることだと小声で言う。僕はラップと近代教の大寺院を訪ねる。長老は自分も神を信じられないと打ち明けるが、そこへ妻が飛び込んできて長老を投げ倒す。その後、トックの幽霊が写真に映るという噂が立ち、心霊学協会がトックの心霊との問答を記事にする。
この国にいることが憂鬱になった僕は、人間の国へ帰ろうとする。街はずれに住む河童は白髪頭で生まれ、年をとるにつれて若くなった。この河童は綱梯子で天窓を開け、外には槍ヶ岳の峯が見えた。河童は「出ていって後悔しないように。」と言い、僕は後悔などしないと答えて梯子を登る。
人間の国に戻った僕は、しばらく人間の皮膚の匂いや鼻の形になじめなかった。一年ほどたって事業に失敗すると、河童の国へ帰りたいと思うようになる。家を抜け出して中央線の汽車に乗ろうとしたところを巡査につかまり、病院へ入れられた。病院にはバッグやチャックやクラバックが訪ねてくると僕は言う。しかし、クラバックの土産だという花束は机の上に無く、トックの全集だという本は古い電話帳だった。最後に僕は、ペップが職を失って発狂し、河童の国の精神病院にいると話す。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日