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しんきろう

蜃気楼

芥川龍之介

読了時間
約10分
文字数
4,564字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「婦人公論 第十二年第三号」1927(昭和2)年3月1日

三行でいうと

  1. 秋の昼ごろ、僕は東京から来た大学生のK君と鵠沼の海岸へ蜃気楼を見に出かけ、途中でO君も誘う。
  2. 砂浜に見えたのは陽炎に映る青い帯だけだった。帰り道、O君は砂の中から横文字の木札を拾い上げる。
  3. K君が東京へ帰った後、僕は妻とO君と夜の砂浜を歩く。O君はマッチをともして足もとを照らしていく。

登場人物

僕
鵠沼に住む語り手で、この頃は錯覚が多いと自分で感じている。
K君
東京から僕の家へ遊びに来た大学生で、一緒に蜃気楼を見に行く。
O君
相変わらず赤シャツを着た男で、途中で誘われて二人に加わる。
妻
僕の妻で、夜の砂浜をO君と僕と三人で歩く。

読みどころ

題は『蜃気楼』だが、肝心の蜃気楼はほとんど見えない。代わりに、さっき見た男女とそっくりの二人や死者の名を記した木札、夢に出た他人の顔が次々に現れる。見えたものが本物か思い込みか。その境目が少しずつあいまいになっていくところに、この短編の不気味さがある。

話は昼と夜の二つに分かれている。昼の場面では、牛車の轍を見ただけで僕は「まだ僕は健全じゃないね。」と漏らす。夜の場面では、O君がマッチをともして浜を照らす仕草が、夢と意識の話につながっていく。会話は軽く、冗談も多い。何も起きない散歩の中に、語り手の不安が少しずつ顔を出す。

芥川龍之介が亡くなる年の1927年に『婦人公論』に発表した短編である。筋らしい筋はほとんどなく、目にした物と、それに触れたときの心の動きだけが書きとめられている。晩年の芥川がどんな目で身の回りを見ていたのかを知る入口になる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

昼の砂浜で三人は腹這いになり、川越しに蜃気楼の場所を眺める。見えたのは陽炎に映る青い帯だけで、鴉の影がその上に逆さに映って消えた。立ち上がると、前から「新時代」の男女とそっくりな二人が歩いて来て、僕は驚く。O君は笑って「この方が反って蜃気楼じゃないか?」と言う。帰りの砂山でO君は木札を拾う。1906と1926の数字があり、水葬した死骸に付けた札らしい。僕は船の中で死んだ混血児の青年を想像する。O君はふと「蜃気楼か。」とつぶやく。本通りの角で紅茶を飲もうかと話していると、向こうから白い犬が一匹やって来る。

K君が帰った後の晩、僕は妻とO君と星のない砂浜を歩く。僕は十年ほど前に上総の海岸で一緒だった友だちを思い出す。O君はマッチをともして貝殻や遊泳靴の片方を照らす。帰り道に鈴の音がして、僕はまた錯覚かと思う。音の正体は妻の袂に入っていたYちゃんのおもちゃだった。僕はゆうべの夢を話す。トラックの運転手の顔が、一度だけ会った婦人記者の顔だった。僕は意識の閾の外にもいろいろなものがある気がすると言い、O君はマッチの火にたとえる。暗いのに互いの顔だけが見えることに僕は気味悪さを覚えるが、妻が砂のせいだと答える。

土手の外で、背の低い男が足早に近づいて来る。僕がネクタイ・ピンだと思ったものは巻煙草の火で、妻は袂をくわえて忍び笑いをする。三人はO君と別れる。僕と妻は父の金婚式や東京から届くバタの話をしながら松風の中を歩き、半開きになった門の前まで帰って来る。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日