しょうぐん
将軍
- 読了時間
- 約30分
- 文字数
- 14,671字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「改造」1922(大正11)年1月
三行でいうと
- 日露戦争の旅順で、白襷隊の兵たちが死地へ向かう。軍司令官のN将軍は兵の手を握り、大元気にやれと励ます。
- 翌年の春、間牒の疑いで捕まった二人の中国人の靴から書類が見つかり、田口一等卒にその処刑が命じられる。
- 陣中の芝居で将軍は幕を引かせ、また涙を流す。大正の世になり、元参謀の父と大学生の息子が将軍を語り合う。
登場人物
- N将軍
- 軍司令官で、兵の手を握って励まし、芝居の下品な場面を止めさせ、巡査の最期の場面では涙を流す。
- 田口一等卒
- もとは紙屋で、白襷隊に加わったのち歩哨として二人の中国人を捕まえ、その処刑を命じられる。
- 堀尾一等卒
- もとは大工で、酒が入ると皮肉を言う癖があり、将軍に手を握られて肉弾になろうと決める。
- 江木上等兵
- もとは小学校の教師で、おとなしい人柄だが、戦争と死について暗い考えを胸に抱えている。
- 穂積中佐
- 欧州に留学した経験のある軍参謀で、将軍の振る舞いを少し離れた所から眺めている。
- 中村少佐
- 軍参謀で、二十年余りのちには中村少将となり、息子に将軍の人柄を語って聞かせる。
読みどころ
一人の将軍を、立場の違う人々の目から順に映していく作品である。突撃する兵、捕虜を前にした将校、芝居を見る参謀、そして戦後に生まれ育った大学生がいる。将軍は兵の手を握って励まし、芝居では涙を流す。同じ将軍の言葉が、捕虜を斬らせもする。読む人は、この人物を善人と見るか、恐ろしい人と見るかを何度も問い直すことになる。
四つの章はそれぞれ別の日付と場所に置かれている。章ごとに語りの目が変わるので、誰が将軍をどう見ているかに注目して読むとよい。兵たちの会話や陣中の芝居の場面には、笑いと悲惨さが入り混じっている。本文には伏せ字が多く残る。何が伏せられたのかを考えながら読むのも、この作品の読み方の一つである。
芥川龍之介が『改造』に発表した短編で、末尾には大正十年十二月の日付が付いている。歴史上の出来事を題材にしながら、英雄とされた人物を、後の時代の若者の目で見直している。最後の章の父と子の会話は、作品が書かれた時代そのものの空気を伝えている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
松樹山への突撃の夜、江木上等兵は手擲弾に当たって黒焦げで倒れる。そこへ走ってきた兵が屍骸の胸に片足をかけ、大声で笑いながら万歳を叫ぶ。頭部銃創のために突撃の最中に発狂したらしい堀尾一等卒だった。翌年の三月、田口一等卒は二人の中国人を突き殺せずにいるところへ、騎兵の曹長が来て斬らせてくれと言う。通りかかった将軍の「斬れ! 斬れ!」の声で若い方が斬られ、髯のある男も首を伸ばしたまま睫毛一つ動かさない。将軍に従う穂積中佐は、勲章に埋まった人間についてのスタンダールの言葉を思い浮かべる。
五月の演芸会で、将軍は男女の相撲と濡れ場の芝居を続けて中止させる。三幕目のピストル強盗の捕物では、死にゆく巡査に「偉い奴じゃ。それでこそ日本男児じゃ。」と言って涙を流す。穂積中佐は、軽い侮蔑の中に明るい好意も感じる。そのあと将軍は赤垣源蔵の芝居や水戸黄門の講談も所望する。穂積中佐は中村少佐と村はずれを歩き、遠くに咲く杏を見る。
大正七年、中村少将は応接室の壁に、N将軍の額を懸けたいと息子に頼む。息子は断り、自殺した友人は自殺の前に「写真をとる余裕はなかったようです。」と言う。将軍の自殺の気持ちは分かるが、写真をとったのは分からない。将軍の至誠は自分たちにはのみこめない、と息子は語る。父子は気まずく黙り込み、少将は「時代の違いだね。」と言う。息子が雨に気づくと、少将は榲桲が落ちなければよいがと話をそらす。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日