せいぎとびしょう
正義と微笑
- 読了時間
- 約3時間35分
- 文字数
- 107,183字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 十六歳の芹川進は兄にマタイ伝を読んでもらい、微笑して正義を行うと心に決めて日記をつけ始める。
- 教師や級友に腹を立てながら一高を受けて落ち、家出に失敗した進は、兄から役者の道を認められる。
- R大学に入った進は劇作家の斎藤市蔵を訪ね、鴎座の試験に受かるが、その劇団に幻滅してしまう。
登場人物
- 芹川進
- 十六歳の春から日記をつけ始めた中学四年生で、一高に落ちたあと役者を目指す。
- 兄さん
- 帝大英文科に籍を置いて毎晩徹夜で小説を書き、父の死後は進を導いてきた。
- 姉さん
- 母の看病と弟たちの世話で嫁ぐのが遅れ、二十六歳で鈴岡さんの妻になる。
- お母さん
- 脊髄カリエスで十年ちかく寝たきりで、二言目には「兄弟なかよく」と言う。
- 鈴岡さん
- 姉の夫で、四十ちかい重役で柔道四段。進を「坊や」と呼ぶ。
- 木村
- 何度も落第して十九歳になる同級生で、ニイチェを読む不良。
- チョッピリ女史
- 父の妹で未婚のお花の師匠。兄が付けたあだ名で呼ばれている。
- 斎藤市蔵
- 古典のように読まれる作品を持つ劇作家で、進の相談に言葉少なく応じる。
- 滝田輝夫
- 進と一緒に春秋座に入る十八歳の少年で、遊芸百般に優れている。
読みどころ
人に可愛がられるより尊敬される男になりたい。十六歳の芹川進はそう考え、兄に教わった聖書の一節から、微笑して正義を行うことを心に決める。けれども日記の中の進は、毎日のように怒り、泣き、決心しては怠ける。正義を求める気持ちと微笑を保つ難しさのあいだで、一人の少年が自分の道を探していく。その姿が作品の中心にある。
全編が進の日記で書かれている。日付と天気から始まり、書かない日は月単位で飛ぶ。英語教師の黒田先生が教室を去るときの長い別れの言葉は、進が何度も思い返す場面である。叔母のチョッピリ女史に乗り込む日は、喧嘩腰の口論から丸く収まるまでの流れが喜劇のように楽しい。弟を案じながら自分の小説に行き詰まる兄の姿も、進の目を通して少しずつ見えてくる。引かれる聖書の言葉と讃美歌も、日記の調子を決める大事な要素だ。
太宰治が少年の一人称で書いた長編で、明るく前向きな作品として読まれている。太宰治の門下にいた堤重久の弟の日記をもとに書かれ、1942年に刊行された。気取りと照れが入り混じる語り口は太宰治らしく、日記の言葉にそのまま十代の揺れが出ている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
鴎座に幻滅した進は、もう一度斎藤の家を訪ねる。斎藤は風邪を理由に会わず、紙に春秋座とだけ書いて返す。無理だとこぼす進に、奥から「ひとりでやれ!」と一喝が飛ぶ。進は演舞場の感想箱に団員志望と書いて入れ、春秋座の試験に進む。朗読ではまたファウストを読み、健康診断に残ったのは進と滝田輝夫の二人だけで、のちに合格の通知が届く。
学校をやめて道場に通う夏を、進は地獄の夏と書く。滝田と比べられて叱られる日々のなか、団長の市川菊之助は「私は三十まで大根と言われていました。」と打ち明ける。市川菊松の芸名で歌舞伎座の初舞台を踏むが、役は提灯持ちと中学生だけである。楽屋風呂で役者がいやになったとき、進は日記の最初に書いたマタイの言葉を思い出す。そのあとは大阪と名古屋の旅興行が続く。
年の暮れに東京へ帰った進は、自分が兄とは違う世界に住む生活人になったと感じる。墓には「かれは、人を喜ばせるのが、何よりも好きであった!」と刻んでほしいと記す。歳末の総会で進は企画部の委員に選ばれ、正月のラジオで『小僧の神様』を一人で朗読することも決まる。正月には真っ先に斎藤先生へ年始に行こうと考え、来年は十八歳だと書いて日記は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日