ふがくひゃっけい
富嶽百景
- 読了時間
- 約30分
- 文字数
- 14,962字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「文体」1939(昭和14)年2、3月
三行でいうと
- 富士は低く俗な山だと思っている「私」が、昭和十三年の初秋に甲州の御坂峠の茶屋へ移り住む。
- 井伏鱒二氏と三ツ峠に登り、甲府で見合いをして、毎日富士と向き合いながら仕事を進める。
- 故郷から結婚の助力が来ないと分かり、「私」は縁談を断られる覚悟で甲府の娘さんの家を訪ねる。
登場人物
- 私
- 御坂峠の茶屋の二階で仕事をしながら、毎日富士と向き合う語り手である。
- 井伏鱒二氏
- 峠の茶屋の二階にこもって仕事をしていた作家で、「私」を甲府の見合いに連れていく。
- 甲府の娘さん
- 甲府のまちはずれに住み、「私」と見合いをする娘である。
- 母堂
- 甲府の娘さんの母で、訪ねてきた「私」を客間に迎える。
- おかみさん
- 御坂峠の茶店のおかみさんで、寒くなると「私」のために吉田で炬燵を買ってくる。
- 十五の娘さん
- 茶店の娘で、「私」が書き散らした原稿用紙を番号順にそろえるのを楽しみにしている。
- 新田
- 吉田の郵便局につとめる二十五歳の温厚な青年で、郵便物で「私」が峠にいると知って訪ねてくる。
- 田辺
- 短歌の上手な青年で、新田とともに「私」と一番仲良くなる。
- 老婆
- 河口村からのバスで「私」のとなりに坐った六十歳くらいの女で、路傍の月見草を指さす。
読みどころ
この作品の富士は、絵や宣伝で見慣れた俗な山として出てくる。語り手はその富士を軽蔑し、照れ、笑い、ときには頼りにする。同じ山が、見る側の気持ちしだいで菓子にも大親分にも見える。富士の眺めを通して、語り手の心の揺れを書いた作品である。
読むときは、富士がたびたび別のものにたとえられるところに注目したい。アパートの窓からは飾り菓子に、峠の茶屋からは風呂屋のペンキ画に見える。三ツ峠で茶店の老婆が富士の写真を掲げてみせる場面や、乞食の僧が犬に吠えられる場面には、とぼけた笑いがある。バスの老婆が「おや、月見草。」と指さす場面では、大きな山と小さな花が並べられる。
太宰治が井伏鱒二を頼って、御坂峠の茶屋に滞在した時期の作品である。作中の井伏氏は実名で登場する。短い文を読点で区切って重ねる文章で、明るさと照れが同居している。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
「私」は娘さんと母堂を前にして、事情をすべて打ち明ける。母堂は、大げさな式はいらないと言う。愛情と職業への熱意さえあれば、それで結構だと答える。「私」は眼が熱くなり、この母に孝行しようと思う。帰りに娘さんはバスの発着所まで送ってくれて、富士にもう雪が降ったかと尋ねる。甲府からも富士が見えると気づいた「私」は、やくざな口調になってしまう。
御坂に戻ると、おかみさんと十五の娘さんがかわるがわる肩をたたいてくれる。それから数日、「私」は一枚も書けない。十五の娘さんは、甲府へ行ってわるくなったと責める。毎朝原稿用紙をそろえるのが楽しいと聞いて、「私」は娘さんを美しいと思う。やがて山は冬木立に変わる。峠で休んだ花嫁が富士に向かって大きな欠伸をし、二人はあとでさんざんに言う。結婚の話は好転し、ある先輩の家で式を挙げてもらえることになる。
十一月に入ると寒さが堪えがたくなり、「私」は山を下りると決める。その前日、二人連れの若い娘にシャッターを頼まれる。「私」はふたりをレンズから外して、富士だけを写す。翌日に山を下りる。甲府の安宿の廊下から見た富士は、山々のうしろから三分の一ほど顔を出していて、酸漿に似ていた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日