ちくけんだん
畜犬談
伊馬鵜平君に与える
- 読了時間
- 約25分
- 文字数
- 12,148字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文学者」1939(昭和14)年8月
三行でいうと
- 「私」は犬を猛獣と恐れ、いつか必ず噛まれると信じている。友人が噛まれた話を聞き、憎しみは頂点に達した。
- 甲府に住んだ私は犬に愛想よくして歩くうちに好かれてしまい、練兵場から黒い小犬が家までついてくる。
- 東京への引越しを前に、小犬はひどい皮膚病にかかる。家主の返事も遅れ、苛立った私はある決意をする。
登場人物
- 私
- 甲府のまちはずれに家を借りて小説を書いている男で、犬を恐れて憎んでいる。
- 家内
- 私の妻で、はじめからポチに無関心だった。
- ポチ
- 練兵場から私についてきて家に住みついた黒い小犬で、胴が長く手足が短い。
- 友人
- 昨年の晩秋に横丁で犬に右の脚を噛まれ、二十一日間病院に通った。
読みどころ
犬が怖いあまり、「私」は会う犬すべてに笑顔を向け、機嫌をとって歩く。そうするうちに犬に好かれてしまい、自分の卑屈さが嫌になる。私は犬が人間にこびる姿をさんざんに罵るが、途中で「なんだか自分に似ているところさえあるような気がして」と書いてしまう。笑って読み進めるうちに、語り手の弱さが少しずつ見えてくる。
注目したいのは大げさな語り口だ。友人が噛まれた一件から、二十一日間の通院の話が何度も持ち出される。ポチの仕草も、まるで人間のように意地悪く描かれる。そこへ家内が「性格が破産しちゃったんじゃないかしら」と短く言い、語り手の力みに水を差す。夫婦のやりとりの間合いも楽しめる。
太宰治は1939年に甲府から三鷹へ移っており、作中の引越しはこの転居と重なる。同じ年に『女生徒』も書かれている。犬への悪口から始まる話が最後にどこへ行き着くのか、自分で確かめてほしい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ポチの蚤が寝巻にうつっているのを見つけた夜、私は殺すと決めた。家内に牛肉の大片を買いに行かせ、自分は薬屋である薬品を買った。翌朝四時、私はポチを連れて練兵場へ向かう。途中で大きな赤毛の犬がポチに後ろから襲いかかった。ポチは私の顔色をうかがい、私は「やれ!」と命じる。ポチは倍ほどもある赤毛を打ち負かした。
練兵場に着くと、私は足もとに牛肉を落として「ポチ、食え」と言い、見ないまま帰り道を歩いた。ところが中学校の前で振り向くと、ポチがちゃんとついてきていた。薬が効かなかったのである。
家に帰った私は、家内にポチをゆるしてやろうと言う。「あいつには、罪がなかったんだぜ」と言い、芸術家は弱い者の味方のはずだと話して、ポチを東京へ連れて行くと決める。ポチに卵をやれと言われても、家内は浮かぬ顔のままだった。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日