あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
三度目の正直
- 読了時間
- 約43分
- 文字数
- 21,130字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「オール読物」1958(昭和33)年8月
三行でいうと
- 養生所の医師の保本登は、新出去定に命じられて、気が狂ったといわれる大工の猪之を調べにいく。
- 兄哥分の藤吉の話では、猪之は惚れた女との縁談を頼んでは、話がまとまるたびに自分から逃げてきた。
- 去定と登の診たては分かれる。養生所へ移った猪之は、おゆみに仕える召使のお杉と親しくなっていく。
登場人物
- 保本登
- 養生所の医師で、新出去定の供をして外診に廻る。猪之から昔の話を聞く役を任される。
- 新出去定
- 養生所の医師。藤吉と猪之の昔のことを詳しく訊いてこいと登に命じる。
- 猪之
- 二十五歳の大工。仕事をしなくなり、ほかの医者からは気が狂ったといわれた。
- 藤吉
- 猪之の兄哥分の大工。十年以上つきあい、猪之の縁談の掛合いに何度も出向いた。
- おちよ
- 藤吉の女房。猪之を自分たちの家へ引取ろうと言い出した。
- お杉
- おゆみに仕える若い召使。食事を手籠で運んでいる。
- おゆみ
- 養生所の病棟から離れた住居で、お杉と二人でくらしている娘。自殺をはかって助かった。
- 森半太夫
- 養生所の医師。登に頼まれて猪之のようすを見張る。
読みどころ
この話の中心には、猪之という男の謎がある。腕のいい大工で、子どものころから女の子に好かれてきた。その猪之が、自分から惚れた女を嫁に欲しいと言い出す。ところが話がまとまると、相手のひと言でぞっとして逃げ出してしまう。これを何度もくり返すうちに、仕事もしなくなった。なぜ逃げるのかを、二人の医者がそれぞれの考えで探っていく。
前半はほとんどが、船宿で朝酒を飲みながら藤吉が語る昔話だ。猪之は縁談を頼むたびに「三度目の正直」と言い張り、藤吉はどなりながらも結局また掛合いにいく。二人の江戸弁の掛け合いはおかしく、読んでいて何度も笑える。後半では、去定と登の診たてが分かれるところに注目したい。どちらが正しいのかを、作品ははっきり言い切らない。
『赤ひげ診療譚』は、山本周五郎が小石川養生所の医師たちを描いた連作である。若い医師の保本登が、新出去定のもとで患者と向き合いながら変わっていく。この一話には、登の前の騒ぎに出てきたおゆみやお杉も顔を出す。連作を順に読んでいれば、登の胸に残る傷も分かり、味わいがいっそう深くなる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
去定は登の話を聞き、女のせいではなく藤吉が原因だと診る。猪之は藤吉におぼれており、女との騒ぎで藤吉を困らせることで藤吉にあまえていた。それで去定は二人を離せと言い、猪之を養生所へ引取る。登はこの診たてを理詰めすぎると感じた。そこで自分で猪之に話しかけ、十八のときの出来事を聞き出す。可愛がっていた九つのおたまに唇を吸わせたところ、舌を入れられて女がこわくなったのだった。
秋に入ると猪之は変わり始める。お杉の手籠を持ってやり、養生所の柵や羽目板を直し、賄所の手伝いもするようになる。九月中旬の夜、猪之は酒と鮨を用意して登を部屋に呼ぶ。そして当分ここに置いてほしいこと、お杉を嫁に貰いたいことを打ち明けた。哀れみからかと訊かれると強く否み、「お杉となら一生どんな貧乏ぐらしをしてもいいと思う」と言う。
登は彼が初めて自分から愛する側に立ったと考える。念のため「三度目の正直というところか」と訊くと、猪之はその言葉の意味が分からない顔をした。登は新出先生と相談してみると答える。猪之はいけないと言われたらお杉を伴れて逃げると言い、登はそれに頷いて廊下へ出ていく。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日