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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

駈込み訴え

山本周五郎

読了時間
約44分
文字数
21,734字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「オール讀物」1958(昭和33)年4月号

三行でいうと

  1. 小石川養生所の見習医保本登は、赤髯こと新出去定の助手として死にゆく老人と重傷の女人夫に立ち会う。
  2. 蒔絵師六助が死んだ日、宿の柏屋に孫の四人の子供が預けられる。母のおくには夫を訴人して入牢していた。
  3. 去定は登を伴って小伝馬町の牢屋へ行き、おくにの口から六助一家の長い因縁と夫への本心を聞き出す。

登場人物

保本登
長崎で修業した見習医で、まだ養生所を出るつもりでいる。
新出去定
赤髯と呼ばれる小石川養生所の医師で、貧しい病人の家にも診察に回る。
六助
名の知れた蒔絵師だった五十二歳の病人で、入所してから一度も口をきかなかった。
おくに
六助の一人娘で、盗みを働いた夫の富三郎を奉行所に訴え出る。
富三郎
おくにの夫で、もとは六助の若い弟子だった。
金兵衛
伝通院裏の木賃旅籠柏屋の主人で、六助を二十年ちかく泊めてきた。
森半太夫
去定の言いつけで登を呼びに来て、六助の臨終をみとる。
とも
おくにの十一歳の長女で、高熱を出して柏屋で寝かされる。

読みどころ

この話には二つの問いがある。死は荘厳か醜悪か、そして人を裁くのは法か事情か。去定は「人間の一生で、臨終ほど荘厳なものはない、それをよく見ておけ」と言う。登は六助の顔を前に「醜悪というだけだ」とつぶやく。奉行所はおくにの訴人を「人倫にそむく不届きな女である」と退けた。去定はそれとは別の答えを探して動き出す。

読むときは、おくにの語りが一家の二十年を少しずつ明かしていく運びに注目したい。初めは返事もしない女が、問われるうちに母と夫の秘密まで口にする。その合間に、厄介ごとを嘆き続ける金兵衛のぼやきが笑いを添える。子供たちに大きくなったら何になると聞いて、自分で顔を赤くする去定の不器用さも見どころである。

『赤ひげ診療譚』は、小石川養生所に来た保本登と新出去定を描く山本周五郎の連作だ。この一篇で、登は見習医として初めての仕事をする。去定の言葉「人生は教訓に満ちている、しかし万人にあてはまる教訓は一つもない」には、作品全体の人の見方が表れている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

おくにの母は六助の弟子の富三郎と出奔していた。十二のおくには母に連れ出され、十三のとき迎えに来た父を拒む。十六で母に泣いて頼まれ、富三郎の妻になった。二年後、おくには母と夫の仲を知る。母は家を出て、そのまま死んだ。のちに父から一緒に暮らそうと言われたが、おくには断った。父の世話になっては済まないと思ったからである。最後におくには、夫を哀れとは少しも思わないと言う。子供がいなければ自分の手で殺していたと本心を明かす。去定はそれを胸にしまうよう諭した。役人には恐れいりましたとだけ言え、と言い含める。

牢を出た帰り道、去定は登に話した。富三郎だけを責めるのは間違いで、十七で誘惑されて女に養われる癖がついた哀れな一例にすぎないと言う。そして去定は町奉行に会いに行った。翌日おくには放免され、褒賞の銀は受け取らずに柏屋で子供たちと一緒になった。

去定は登に五両を渡し、まだ十両を預かっていると告げる。その十両は島田越後守から取り上げたものだった。去定は越後守の奥方の気鬱を診ている。越後守が下屋敷に側室を隠していることを、去定はほのめかしたのである。自分のやり方が卑劣だったと認め、えらそうな顔をしたらこのことを言ってくれと登に頼む。そう言う去定は機嫌がよさそうで、自分を責める色は少しもなかった。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日