やしゃがいけ
夜叉ヶ池
- 読了時間
- 約55分
- 文字数
- 27,208字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 越前の山奥の琴弾谷で、鐘楼守の萩原晃は妻の百合と暮らし、一日に三度の鐘を撞いている。
- 旅の途中で立ち寄った親友の山沢学円は、行方知れずだった晃と再会し、鐘にまつわる竜神との約束を聞く。
- 池の主の白雪姫は恋しい相手のもとへ行きたがり、日照りに苦しむ村人は百合を雨乞いの犠牲にしようと動き出す。
登場人物
- 萩原晃
- 夜叉ヶ池を見に来て村に残り、死んだ鐘撞きの爺に代わって鐘を撞く東京の青年で、昼間は白髪の仮髪を被っている。
- 百合
- 鎮守の八幡の宮の神官の一人娘で、父を亡くした身寄りのない女であり、晃の妻として小屋で暮らす。
- 山沢学円
- 晃の親友で、本願寺派の僧であり、京都大学の教授でもある。
- 白雪姫
- 夜叉ヶ池の主で、白山剣ヶ峰千蛇ヶ池の若君に恋い焦がれている。
- 湯尾峠の万年姥
- 白雪姫の乳母で、人間との約束を守るよう姫をいさめる。
- 鹿見宅膳
- 神官の代理を務める百合の叔父で、姪を雨乞いの犠牲に差し出そうとする。
- 穴隈鉱蔵
- 県の代議士で、村人に雨乞いの断行を命じる。
読みどころ
人との約束にしばられた竜神の姫と、日照りで追いつめられた村人。そのあいだで、山奥の鐘楼に住む若い夫婦が一日三度の鐘を守っている。約束を守り続ける者と、それを迷信と笑う者が同じ谷に暮らす。恋のために一つの村を沈めてよいのか、誰かの命を差し出して雨を得てよいのかという問いが、人と魔物の両方に向けられる。
戯曲なので、ト書きと台詞だけで話が進む。前半は旧友どうしの再会と、鐘の由来を語る静かな場面である。後半は池の眷属たちが次々に名乗りを上げ、舞台は一気に妖しくなる。鯉や蟹や鯰の精がかけあう場面には笑いもある。池の姫が百合の子守唄に耳を傾ける場面と、晃が「人は、心のままに活きねばならない。」と言い切る場面は、人間と魔物の思いが重なるところとして読んでおきたい。
泉鏡花は、怪異と美しい女性を描いた作家として知られる。この作品は小説ではなく戯曲で、原文の末尾には大正二年三月と記されている。言葉づかいは古く、方言や漢語も多い。それでも台詞の調子は耳に心地よく、声に出して読むと情景が浮かびやすい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
文箱で若君の手紙を受け取った白雪姫は、剣ヶ峰へ行こうと決める。鐘があるかぎり村を沈められないと万年姥がいさめると、姫は眷属に鐘を砕けと命じ、自ら鉄杖を手に鐘楼へ駆け上がる。そこへ百合の子守唄が聞こえてくる。姫は村を沈めれば百合の命もないと思い直し、鐘楼を下りる。
その夜、宅膳や村長たちが百合を捕らえ、黒牛の背に縛りつける。池へ向かっていた晃と学円は、山中で子守唄を聞いて引き返していた。晃は縄を鎌で切り、百合を連れて村を出ようとする。学円は名乗りを上げて犠牲の取りやめを頼むが、鉱蔵は聞き入れず、博徒の伝吉たちが襲いかかる。三人は鐘楼に逃げ上がる。晃が礫で額を傷つけて鎌を落とすと、百合はその鎌で自分の胸を切って死ぬ。
ちょうど丑満の刻である。晃は学円と相談して鐘を撞かないと決め、撞木を切り落とす。山が鳴り、池の上に黒雲が湧き、村人は鐘を撞いてくれと叫ぶ。晃は「波だ」と言って咽喉を斬る。白雪姫が鐘を傾け、眷属が村人を残らず殺し、人間は魚に変わる。姫は新しくできた淵を晃と百合の住まいにすると告げ、剣ヶ峰へ向かう。水に沈んだ鐘のそばで晃と百合が顔を見合わせて笑み、鐘楼に一人残った学円は水に向かって合掌する。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日