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ひとでなしのこい

人でなしの恋

江戸川乱歩

読了時間
約35分
文字数
17,191字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「サンデー毎日」大阪毎日新聞社、1926(大正15)年10月1日

三行でいうと

  1. 十九で旧家の門野家に嫁いだ京子は、女ぎらいと噂された美男子の夫に思いがけず深く愛される。
  2. 半年ほどで夫の愛をうつろに感じ始めた京子は、夜更けに土蔵へ通う夫の後をつける。
  3. 蔵の二階から夫と女の睦言が聞こえるが、何度確かめても蔵から出てくるのは夫だけである。

登場人物

京子
語り手で、十九の年に門野家へ嫁ぎ、十年前に亡くなった夫との出来事を打ち明ける。
門野
京子の夫で、凄いほどの美男子だが憂鬱な性質で、女ぎらいという噂があった。

読みどころ

夫は誰を愛しているのか。この短編の謎はそこにある。門野は新妻の京子をこのうえなく可愛がるが、半年たつとその愛はうつろなものに変わる。夜ごと土蔵の二階から女の声が聞こえるのに、女の姿はどこにも見えない。疑いと嫉妬にかられた若い妻が真相へ近づいていくところに、怪談のような不気味さがある。

物語は、十年後の京子が「あなた」に向かって語る独り語りで進む。ございます調のやわらかな話しぶりで、ときおり脇道にそれたり、昔の自分を笑ったりする。浦島太郎のたとえは、幸せな日々の場面と疑いが始まる場面の両方に出てくる。夜の茂みで鳴く蝦蟇の声も印象に残る。蔵の二階に並ぶ飾り具足や長持の描写は、読むだけで背筋が冷えてくる。

江戸川乱歩は探偵小説で知られるが、怪奇と幻想に寄った短編も多く書いている。この作品もその一つで、謎解きよりも人の心の奥にある執着の恐ろしさが中心にある。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

京子は、夫が蔵を出る前に毎晩聞こえる蓋の閉まる音と錠の音に気づく。相手の女は長持の中にいると考え、夫の手文庫から鍵を盗み出す。昼間に蔵へ忍び込んで長持を開けると、雛人形の箱の横に「拝領」と書かれた白木の箱があった。中身は安政の頃の人形師、立木が作った等身大に近い女の人形である。京子は、夫が恋していたのはこの人形で、睦言は夫が女の声色を使っていたのだと悟る。

京子は、夫が自分を娶って懸命に愛そうとしたのも、人形への恋から逃れようとした苦しみの跡だったと考える。それでも冷たい人形に負けたことが口惜しかった。ある早朝、京子は蔵の二階で人形を引きちぎり、顔が分からなくなるまで叩きつぶす。

その夜も門野は蔵へ向かったが、いつまでも戻らない。京子が駆けつけると、夫と壊れた人形が折り重なって倒れており、そばには家に代々伝わる刀が血にまみれて転がっていた。半分残った人形の唇には血のしずくがかかり、人形は笑っているように見えた。京子は法の罪には問われなかったが、自分が夫を死に導いたと考えている。当時は白状しなかったため、それから一夜も安らかに眠れていない。この話は亡き夫への罪滅ぼしの懺悔である。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日