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おしえとたびするおとこ

押絵と旅する男

江戸川乱歩

読了時間
約35分
文字数
17,334字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「新青年」博文館、1929(昭和4)年6月

三行でいうと

  1. 魚津へ蜃気楼を見に行った帰り、私は夜の汽車で、平たい荷物を抱えた老人と二人きりになる。
  2. 老人が見せた押絵の額を遠眼鏡で覗くと、白髪の男と振袖の娘は生きているように見えた。
  3. 老人は押絵の男を兄と呼び、明治二十八年に浅草の十二階で兄の身に起きたことを語り始める。

登場人物

私
魚津で蜃気楼を見た帰り、上野行きの二等車で老人と乗り合わせ、押絵の身の上話を聞く。
老人
古風な黒の背広を着て押絵の額を持ち歩く男で、四十前後にも六十位にも見える。
兄
老人の兄で、二十五歳のとき浅草の十二階から遠眼鏡で見かけた娘に恋をする。
お七
覗きからくり「八百屋お七」の押絵の娘で、兄が十二階から見つけた娘の正体である。

読みどころ

汽車で出会った老人の話は本当なのか。語り手の私自身が、冒頭でこれは夢か一時的狂気の幻かもしれないと断っている。押絵の中で年をとっていく男と、いつまでも若い娘が出てくる。人が絵の中へ入ったという話を、読む人も信じるか疑うか決めきれないまま聞くことになる。

前半の蜃気楼の場面に目を留めたい。遠くにあるのか目の前にあるのか分からない距離の曖昧さが、後の遠眼鏡の話へつながっていく。老人は「でございますよ」と明治の東京言葉で語り、聞き手の私もいつのまにか調子を合わせていく。浅草の十二階や覗きからくりなど、明治の見世物の様子も細かく書かれている。

江戸川乱歩は探偵小説で知られるが、この作品には謎解きがない。1929年に雑誌『新青年』に発表された短編で、乱歩の幻想的な作品の代表作に数えられる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

兄が十二階から見つけた娘は、観音堂の裏の覗きからくりに出てくる押絵のお七だった。押絵だと分かっても兄はあきらめられない。日が暮れると、兄は弟に遠眼鏡をさかさにして自分を見てくれと頼む。弟が覗くと、兄の姿はみるみる小さくなり、闇の中へ溶けて消えた。

いくら探しても兄は見つからなかった。弟が覗き屋にもう一度吉祥寺の場を見せてもらうと、兄は押絵になって吉三の代わりにお七を抱いていた。弟はその絵を手に入れ、兄に新婚旅行をさせるつもりで箱根から鎌倉へ旅をした。両親は弟の話を信じず、兄は家出したと考えた。お七は人の拵えたものなので年をとらないが、兄はもとが人間なので年をとる。二十五歳だった兄は白髪になり、数年前から苦しそうな顔をしているという。

話し終えた老人は額を風呂敷に包む。その瞬間、押絵の二人が私に微笑んだように見えた。汽車が山あいの小駅に止まると、老人は親戚の家に泊まると言って降りていく。その後ろ姿は押絵の老人そのままで、柵の所で駅員に切符を渡すと、闇の中へ溶け込むように消えていった。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日