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ゐた・せくすありす

ヰタ・セクスアリス

森鷗外

読了時間
約1時間56分
文字数
57,750字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「昴」1909(明治42)年7月

三行でいうと

  1. 哲学者の金井湛は自然派の小説を読むうちに、自分だけが性欲に冷淡なのではないかと疑い始める。
  2. 長男にどう教えるかに迷った金井君は、六つの時からの自分の性欲の歴史を書いてみることにする。
  3. 寄宿舎で狙われ続けた少年は古賀と児島と三人の同盟を組み、女を知らないまま大学を卒業する。

登場人物

金井湛
哲学を職業とし、近世哲学史を講じているが、書物は一冊も書いていない。
古賀鵠介
硬派と見られていた赭ら顔の大男で、寄宿舎で湛と同室になり親友になる。
児島十二郎
名高い洋学者の弟で、貴公子らしい美男であり、古賀と湛とともに三角同盟を組む。
鰐口弦
寄宿舎で湛と最初に同室になった年長者で、何物も神聖と認めず人を嘲る。
埴生庄之助
江戸の目医者の子で、寄宿舎では湛と並んで一番年が若く、よく一緒に遊ぶ。
尾藤裔一
漢学のよくできる同年位の友で、猥褻な言葉が出るとむきになって怒る。
三輪崎霽波
自由新聞の詞藻欄を受け持つ詩人で、湛に原稿を頼みに来る。

読みどころ

性欲は、人の一生にどんな順番で現れるのか。金井君はその問いを、自分の記憶を一つずつ書き出すことで確かめようとする。六つの時に見た絵本から始まり、寄宿舎や吉原へと話は進む。どの場面にも、書き手が自分を突き放して見る冷静な目がある。自分は人並みなのか、それとも外れているのか。この問いが最後まで物語を引っ張る。

語りは年齢ごとの短い章に分かれ、子どもの目に映った大人の世界が淡々と記される。木戸の番所のじいさんや、何でも嘲る鰐口の言葉に、少年は嫌悪を覚える。可笑しい場面も多い。謝恩会で芸者に好物を聞かれた児島は、「橘飩が旨い」と真面目に答える。ドイツ語やラテン語が地の文に混ざり、哲学者らしい注釈も挟まれる。

作者は森鷗外である。この作品は1909年に雑誌『スバル』に発表され、発売禁止の処分を受けた。性を扱いながら熱に浮かされず、理屈と観察で書き通しているところに、鷗外らしさが表れている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

大学を出た湛は、霽波に頼まれて匿名を条件に自由新聞へ雑録を書く。礼の宴の帰り、霽波の車に引かれて吉原へ向かう。安斎は途中で逃げたが、湛は負けじ魂と未知のものへの好奇心から逃げなかった。そこで初めて女を知るが、悔いや良心の呵責は思ったより弱かった。その後は、女の前で顔が赤くなることがなくなった。

翌年、古賀の取り計らいで待合での経験も一度ある。六月に洋行の辞令が下り、湛は妻を持たないまま独逸へ発つ。金井君の筆はここで止まる。西洋で女たちと関わった記憶はあるが、自分から性欲に動かされたことは一度もなかったと振り返る。

情熱の無いものは自叙に向かないと考え、金井君は書くのをやめる。自分は人並はずれて冷淡なのかと一度は考える。しかし思い直し、性欲の虎を馴らして抑えているのだと結論する。読み返したうえで、これは世に出せず、息子にも読ませたくないと判断する。表紙に「VITA SEXUALIS」と大書し、文庫の中へ投げ込む。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日