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うまれいずるなやみ

生まれいずる悩み

有島武郎

読了時間
約1時間41分
文字数
50,289字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 北海道の農場で筆が進まない私は、十年前に絵を見せに来た少年のことを思い出す。
  2. 少年から十年ぶりにスケッチ帳と手紙が届き、私は少年に会うため北海道へ渡る。
  3. 少年は漁夫になっていた。家族のために働きながら、絵をあきらめられずに苦しんでいる。

登場人物

私
札幌で暮らしていたころに君と出会い、のちに東京で文学者として生きる語り手である。
木本
中学生のころ私に絵を見せに来た少年で、いまは岩内で漁夫をしている大男である。
君の父上
舵座で空模様を読む年老いた漁夫で、傾いた家を支えて働いている。
君の兄上
漁夫として丈夫な体ではないが、父や君と一緒に船に乗る兄である。
君の妹
夜に縫い物をしながら、君の絵に遠慮のない感想を言う妹である。
K
岩内の調剤所で働く君のただ一人の心の友で、薬局で一生を送ると決めている。

読みどころ

この作品の中心には、暮らしのための仕事と芸術への思いのどちらを取るかという問いがある。君は家族を愛し、漁夫の仕事を恥じてはいない。それでも絵を描かずにはいられず、自分の才能を信じてよいのかも分からない。語り手の私も、文学者である自分を疑いながら原稿に向かっている。二人の迷いが重なり、答えの出ない問いが最後まで続く。

読むときは、語り方の変化に注目したい。前半は私が見聞きしたことを書くが、後半は私が想像で君の一日を描く形に変わる。地の文は君に話しかける二人称で進み、読者は君のそばに立つことになる。冬の海で船が転覆する場面は、波や雪の書き方に迫力がある。君が送ってきたカタカナの手紙も読み落とさないでほしい。

作者の有島武郎は『或る女』などで知られ、北海道の札幌で長く暮らした。この作品は1918年に大阪毎日新聞に一部が載った。北海道の厳しい自然と、そこで働く人々の姿をくわしく描いた作品として読める。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

吹雪の晩、農場に大きな男が訪ねてくる。それが木本だった。病弱そうだった少年はたくましい漁夫になっていた。二人は夜中まで語り合う。君は家が傾いたために漁夫になり、十年のあいだ絵への思いを捨てずにいたと話す。翌朝、君は止められても聞かず、頭巾もかぶらずに吹雪の中を帰っていく。私も数日後に東京へ戻る。

春になり、私は君の暮らしを想像で書き始める。沖での漁や、かつて船が転覆して死にかけた日の記憶が描かれる。漁夫に囲まれていても、君だけは自分を異邦人のように感じている。家族と過ごす夜も、君は「絵がかきたい」という望みを手放せない。ある日、君は雷電峠を何枚も描き、Kにほめられる。それでも家族に申し訳ないと感じ、凍った弁当を前に涙をこぼす。その夜、君は崖の上で身を投げかける。製造会社の汽笛で正気に返り、雪の上にうずくまって泣く。

最後の章で、私はこれ以上の想像をやめる。会ったときも、すべてを捨てて芸術家になれとは勧めなかった。漁夫として生きるか芸術家として生きるかは、神が君に直接示すべきものだと私は書く。その時が早く来ることを祈り、同じ悩みを抱える人々にも道が開けるよう祈る。そして「君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。」と君に呼びかけて終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日