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ちいさきものへ

小さき者へ

有島武郎

読了時間
約21分
文字数
10,111字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「新潮」1918(大正7)年1月

三行でいうと

  1. 妻を亡くした父が、まだ幼い三人の子どもに向けて、大人になったら読んでほしいと書き残した手紙だ。
  2. 吹雪の日に最初の子が生まれた時から語り起こす。家庭を重荷に感じ、妻子につらく当たった日々も隠さず書く。
  3. 北海道で妻が結核と分かり、一家は東京へ移る。病状は一時持ち直すが、年の暮れからまた悪くなっていく。

登場人物

私
三人の子の父で、妻を亡くした後の夜更けに、子どもたちにあててこの書き物をつづる。
お前たちの母上
三人の子の母で、結核にかかって入院し、北海道から東京へ移って療養を続ける。
お前たち
三人の幼い子どもで、母が入院した時は四つと三つと二つだった。
U氏
一家の隣りに住んでいた男で、死んだ妻から結核をうつされ、医者の薬を飲めないまま働き続けた。

読みどころ

母を亡くした幼い子どもたちに、父は何を残せるのか。この作品はその問いを手紙の形で書いている。父は子どもたちを繰り返し「不幸なものたちよ。」と呼ぶ。それでも最後には、悲しみを抱えたまま前へ進めと背中を押す。不幸と幸福がひとつの家族のなかで重なる姿が、この作品の芯にある。

読むときは、父が自分をよく見せようとしない点に注目したい。結婚を悔い、子どもに手を上げた過去まで、父は正直に書いている。吹雪の日のお産の場面は、医師と産婆の動きまで細かく追う。手紙の後半は家族の外に目を向け、「小さなことが小さなことでない。」と言い切る。子どもたちが隣の部屋で眠っている夜更けに書かれたことも、ところどころから伝わってくる。

有島武郎は白樺派の作家で、1916年に妻を結核で亡くした。この作品は、自分の家族に起きたことをもとに書かれている。父が子どもに語りかける文章として、いまも読み継がれている作品だ。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

正月に妻は病気の真相を知らされる。全快しないかぎり子どもには会わないと決めて、H海岸の病院へ入る。家を出る日、妻は晴着を着て泣き崩れた。子どもたちは自動車に目を奪われたまま、挙手の礼で母を見送る。それから一年七か月の闘病が続き、子どもたちが六つと五つと四つの年の八月二日に母は亡くなる。遺書には、幼い子に死を見せないでほしい、葬式の日は女中をつけて楽しく過ごさせてほしいと書かれていた。私は叔父の願いを断り、信州の山にいた子どもたちを帰らせなかった。

私は、妻の死によって自分の歩む道を見つけたと書く。続けて、薬を買えずに倒れた隣家のU氏の話をする。母の死を思い出すときはU氏のことも思い出し、両者を隔てる溝を埋める工夫をせよと子どもたちに説く。親に恩を返す必要はない。自分を振り捨てて人生に乗り出していけと言う。

夜中の一時過ぎ、子どもたちの寝息が聞こえる部屋で、私は妻の写真を撮った日を思い出す。最初の子を身ごもっていた妻は、産は女の出陣だと言い、死際の装いをして写真に写った。私はその時笑ったが、今はもう笑えない。手紙は「行け。勇んで。小さき者よ。」の一言で終わる。

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青空文庫で無料で読む図書カード:小さき者へ

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日