はるのとり
春の鳥
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,479字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 九州の城下町で英語と数学を教える「私」は、城山の頂で、不思議な笑い方をする少年に出会う。
- 少年は下宿先の田口家の甥、六蔵だった。知的な障害がある彼に、「私」は母親に頼まれて数を教え始める。
- 根気よく教えても成果は出ない。六蔵は城山を自在に駆け回り、鳥を見るたびに目の色を変えて騒ぐ。
登場人物
- 私
- 都から来た若い教師で、六七年前に九州の小さな城下町で英語と数学を教えていた。
- 六蔵
- 田口の主人の甥で十一歳になる。石垣を猿のように登り、どの鳥を見ても「からす」と呼ぶ。
- おしげ
- 六蔵の姉で十七歳。弟と同じく知的な障害があり、「私」は哀れな娘だと見ている。
- 母親
- 六蔵とおしげの母で、夫に早く別れ、兄の田口の家に二人の子を連れて身を寄せている。
- 田口の主人
- 昔の家老の家柄で、城山の下の屋敷に住む。甥と姪に教育を受けさせる道はないかと「私」に相談する。
読みどころ
六蔵は数を覚えられず、学校にも通えない。それでも城あとの石垣にまたがって歌う姿を見て、「私」は彼を自然の子だと感じる。人と動物はどこが違うのか。人と自然はどう結びついているのか。短い物語の底には、そうした問いが流れている。
語りは、「私」が六七年前を振り返って聞き手に打ち明ける「ですます」調で進む。注目したいのは、冬の城山で六蔵がひとり歌う場面だ。「少年は天使です。」と言い切る一文と、百舌鳥を茫然と見送る姿は、題名へつながっていく。母親の言葉にも耳を傾けたい。語り口は素朴だが、子を案じる気持ちは普通の親と少しも変わらないと「私」は書いている。
国木田独歩は『武蔵野』などで自然を描いた明治の作家である。作中で「私」が愛読する「童なりけり」は、ワーズワースの詩を指す。原文には当時の差別的な呼び方が繰り返し出てくるので、時代の言葉として読む構えが要る。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
翌年の三月の末、六蔵が朝から姿を消し、日が暮れても帰らない。「私」は田口の僕を連れて城山を捜す。天主台の北のいちばん高い角の真下で、六蔵の死骸を見つける。「私」は、六蔵が鳥のように空を飛ぶつもりで石垣から身をおどらせたのではないかと考える。葬った翌々日にひとりで天主台に登り、自在に飛ぶ春の鳥を眺める。そのうちの一羽は六蔵ではないかと思う。
ある日、「私」が墓参りに行くと、母親が墓のまわりを回りながらひとりごとを言っている。母親は「六は死んだほうが幸福でございますよ」と言って涙をこぼす。そしてなぜ鳥のまねなどしたのかと「私」に問う。「私」は自分の想像にすぎないと答える。母親は両手を広げて、六蔵が鳥のまねをして飛び歩いたさまを演じてみせる。
そこへ城山の森から一羽のからすが鳴きながら飛んでいく。母親は話をやめ、我を忘れてそれを見送る。「私」は、母親がこのからすを何と見ただろうと思う。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日