せめんとだるのなかのてがみ
セメント樽の中の手紙
- 読了時間
- 約6分
- 文字数
- 2,506字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 木曾川の発電所工事で、松戸与三はミキサーに追われながら一日じゅうセメントの樽を空けている。
- 仕事の終わりごろ、樽の中から釘づけの小さな木の箱が出てきた。与三はそれを丼に放り込んで持ち帰る。
- また子が生まれる暮らしに腹を立てながら箱を踏み壊すと、中からボロに包んだ紙切れが出てくる。
登場人物
- 松戸与三
- 発電所の工事現場でセメントあけをしていて、一円九十銭の日当で大勢の子供を養っている。
- 女工
- Nセメント会社でセメント袋を縫っており、樽に手紙を入れた。
- 女工の恋人
- 破砕器へ石を入れる仕事をしていて、二十六になったばかりだった。
- 細君
- 与三の妻で、また子を身ごもっている。
読みどころ
一人の人間が仕事の最中に砕かれ、建物の材料になってしまう。この作品はその出来事を、遠く離れた現場で働く別の労働者の手に届けている。手紙を読む人と書いた人は顔も知らない。それでも同じように体を使って働く者どうしである。その二人のあいだに何が通うのかが、短い話の中心にある。
前半は、鼻の穴のセメントを取る暇もない与三の一日を、ほとんど体の感覚だけで描いていく。日当の勘定をする与三のぼやきも生々しい。後半では語りが手紙の文面に替わり、女工の言葉がそのまま続く。荒っぽい男の口調と、丁寧に語りかける手紙の口調の落差に注目したい。手紙の中で女工の願いが途中で揺れ動くところも読みどころである。
葉山嘉樹はプロレタリア文学を代表する作家の一人で、自身も工事現場などで働いた経験を持つ。この作品は大正十五年に発表された。ごく短い分量に労働の現実と一つの恋の終わりを収めた、彼の代表的な短編である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
手紙を書いたのは、Nセメント会社でセメント袋を縫う女工だった。恋人は破砕器へ石を入れる仕事をしていた。十月七日の朝に石と一緒にクラッシャーへ嵌り、砕かれて焼かれてセメントになった。女工は次の日に手紙を書いて樽へ入れた。手紙を包んでいたボロは恋人の仕事着の裂である。
手紙は、このセメントが何に使われたかを知りたいと訴える。劇場の廊下や邸宅の塀にされるのは見るに忍びないと書いたあと、どんな処にでも使ってほしいと言い直す。使った月日と場所、名前を知らせてほしいと頼み、「あなたも御用心なさいませ。さようなら。」で結ばれている。
与三は手紙の終わりにある住所と名前を見ながら、茶碗の酒を一息に飲む。「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴ると、細君は子供たちをどうするのかと言い返す。与三は細君の大きな腹の中に七人目の子供を見る。
読んでみる
青空文庫で無料で読む図書カード:セメント樽の中の手紙本で読む
注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。
次に読むなら
公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日