ただなおきょうぎょうじょうき
忠直卿行状記
- 読了時間
- 約47分
- 文字数
- 23,260字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 大坂の陣で一番乗りの手柄を立てた忠直卿は、家康に褒められ、天下第一の誇りを抱いて越前へ帰る。
- 槍の仕合で家臣に勝った夜、忠直卿は庭で、家臣が勝ちを譲っていたと話すのを立ち聞きしてしまう。
- 本当の腕前を知ろうと真槍の仕合を命じるが、家臣との間の偽りは破れず、忠直卿の孤独は深まっていく。
登場人物
- 忠直卿
- 越前六十七万石の主で、家康の孫。十三歳で家を継ぎ、自分より強い意志があることを知らずに育つ。
- 家康
- 忠直卿の祖父。越前勢の出遅れを叱るが、翌日の大功を「日本樊噲」と褒める。
- 小野田右近
- 京の名人に槍を学んだ家臣。紅白仕合で白軍の大将を務める。
- 大島左太夫
- 指南番大島左膳の嫡子。槍では家中無双と言われ、白軍の副将を務める。
- 本多土佐
- 国老。真槍の仕合を始めようとする忠直卿を必死に止める。
- 増田勘之介
- 忠直卿の第一の寵臣である小姓。
- 小山丹後
- 幼い忠直卿を守り育てた老家老。忠直卿の碁の相手を務める。
- 絹野
- 京から召し下された美女。忠直卿の寵愛を一身に集める。
- 浅水与四郎
- 妻を城中に召し寄せられた家臣。腕が立ち、身のこなしの速さは家中第一と噂される。
読みどころ
誰もが勝ちを譲ってくれる人は、自分の本当の力を知ることができるのか。この作品はその問いを、大名とその家臣の間に置いて描く。生まれたときから人の上に立つ忠直卿は、勝つことにも褒められることにも慣れきっている。その勝ちが本物かどうか分からなくなったとき、手にしてきたものが一度に揺らぎ始める。
注目したいのは、仕合の夜に庭の四阿で家臣の話を立ち聞きする場面だ。右近の短い一言で、忠直卿の誇りは土台から崩れる。語りは史書のような硬い文体で進む一方、忠直卿の怒りや淋しさを細かく追っていく。家臣の側の覚悟も書かれていて、主君と家臣のどちらの思いも読み比べられる。
菊池寛は、暴君として語り継がれてきた越前の大名を、心の動きから描き直した。歴史上の人物を近代の心理で読み解く書き方は、のちの歴史小説にも通じる。1918年に『中央公論』に発表された作品である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
真槍の仕合で、左太夫は三合ほど槍を合わせただけで高股を突かれて倒れる。右近もわざと胸に隙を作り、自分から槍先に身を当てて肩を貫かれる。二人とも初めから死ぬ覚悟で負けたのであり、その夜二人とも腹を切って死ぬ。忠直卿は、自分と家臣の間にかかる「虚偽の膜」が彼らの血でふさがれたと考え、取り残された淋しさに襲われる。
忠直卿は武術も勝負事もやめ、酒と狩りにふける。武術の稽古を怠っていると親しげに言った勘之介に杯盤を投げつけると、勘之介は切腹する。碁で上達を褒めた丹後の前で碁盤を蹴ると、丹後も切腹する。家老の進言はことごとく退け、凶作の年にも年貢の免除を許さない。女たちも服従するばかりなので、家臣の妻三人を城に召し寄せて帰さない。夫のうち二人は腹を切り、残る与四郎は目通りを願い出て匕首で斬りかかる。忠直卿は与四郎を取り押さえたうえで許し、妻も帰す。しかし夫婦はその夜自害し、忠直卿は与四郎の手向かいも偽りだったのではないかと疑って、再び絶望する。乱行はその後もひどくなっていく。
幕府は母の清涼尼を越前へ送り、改易の意向を伝える。忠直卿はそれをあっさり受け入れて国を捨て、豊後府内へ向かう途中の敦賀で入道して一伯と名のる。のちに津守へ移り、慶安三年に五十六歳で亡くなる。物語の最後は、警護役の家臣が記した行状記の一節で終わる。忠直卿は国を失ったときを悪夢から覚めたようだと語り、改易を少しも悔やまなかった。村の年寄りや僧を呼んで碁を打ち、百姓町人の飾らない言葉を面白がり、穏やかに暮らしたと記されている。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日