いれふだ
入れ札
- 読了時間
- 約18分
- 文字数
- 8,682字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 役人を斬って関所を破った国定忠次と子分たちは、信州へ向かう山中で夜明けに足を止める。
- 忠次は一人で落ちると言うが子分たちは承知せず、供の三人を入れ札で決めることになる。
- 盃をもらって一番古い九郎助は人望を失ったと悩み、自分に入る札の数を弥助と数える。
登場人物
- 国定忠次
- 八州の捕手を斬りひらいて関所を破った親分で、子分の中から供を自分で名指しすることを嫌う。
- 稲荷の九郎助
- 五十に近い古参の子分で、去年の大前田との出入りから人望をなくしたと思っている。
- 玉村の弥助
- 四十前後の子分で、九郎助に札を入れると約束する。
- 板割の浅太郎
- 親分の気受けがよい若い子分で、九郎助を年寄扱いしてたびたび言い争う。
- 松井田の喜蔵
- 旅先には駆引きのできる者が要ると説く子分で、入れ札の紙を配って読み上げる。
- 島村の嘉助
- 大めし食いの大力で、腕っ節を頼みに供を願い出る子分。
- 並河の才助
- 浅太郎と連れ立って歩く子分で、札を書くときに弥助から字を教わる。
- 釈迦の十蔵
- 籤引きを言い出す若い子分で、嘉助に青二才と言われる。
読みどころ
親分の供を、仲間同士の投票で選ぶ。腕っ節でも年の順でもなく、札の数で決まる。そこで古参の九郎助は、仲間が本心で自分をどう見ているかを数字で突きつけられることになる。誇りを守りたい気持ちが、人をどこまで追い込むかを描いた一幕物である。
開票の場面は、喜蔵が名前を読み上げるたびに九郎助の顔色が変わる。ト書きが短く書き込むその様子を追うと、緊張が手に取るように伝わる。開票の前に九郎助が弥助と札を数える場面も見逃せない。九郎助は「あと一枚だ。」と繰り返していた。この言葉が後の場面で別の重さを持ってくる。
菊池寛は『父帰る』などの戯曲でも知られ、短い場面に人の心の弱さを詰め込むのが得意な作家である。同じ題の小説もあり、読み比べると芝居ならではの台詞の応酬が際立つ。天保の侠客、国定忠次の一行を題材にしながら、描かれているのはどの集団にもある見栄と孤独である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
喜蔵が札を一枚ずつ開いていく。浅太郎と喜蔵に四枚ずつ入り、九郎助と嘉助が一枚ずつで並ぶ。最後の一枚は嘉助だった。忠次は浅太郎と喜蔵と嘉助を連れて行くと決める。九郎助にも一枚入ったので連れて行きたいが、最初の言葉は変えられないと詫びる。三人が山の上へ去ると、残った子分たちも金を分けて草津へ向かう。九郎助は手がかりになるのを嫌い、風に飛びそうな札を拾って丸める。
九郎助と弥助の二人が残る。弥助は親分の仕打ちを責め、九郎助の名を書いたのは自分一人だと言う。九郎助は丸めた中から一枚を取り出し、「仲間の中で能筆の手前が、こんな金くぎの字を書くか。」と詰め寄る。弥助はうそを認めて詫び、九郎助は脇差に手をかけるが思いとどまる。
弥助は、それなら誰が書いたのかと首をかしげる。そして九郎助が自分で書いたのではないかと気づく。九郎助は急に泣き出し、「意気地なしの卑怯者を、手前親分の代りに成敗してくれ!」とすすり泣いて幕となる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日