しゅぜんじものがたり
修禅寺物語
- 読了時間
- 約26分
- 文字数
- 12,505字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文芸倶楽部」1911(明治44)年1月
三行でいうと
- 伊豆の修禅寺村に住む面作師の夜叉王は、将軍頼家に似せた面を半年たっても納めずにいる。
- しびれを切らした頼家がじかに催促に来て太刀を抜きかけ、姉娘のかつらが出来た面を差し出す。
- 頼家は面とかつらを連れて帰る。桂川のほとりで二人が語らう夜、鎌倉から北条の使いが現れる。
登場人物
- 夜叉王
- 伊豆の修禅寺村に住む五十余歳の面作師で、頼家に似せた面を何度も打ち直している。
- かつら
- 夜叉王の姉娘で二十歳になり、職人の暮らしを嫌って高貴な人に仕える日を望んでいる。
- かえで
- 夜叉王の妹娘で十八歳になり、春彦を婿に迎えて姉と紙砧を打っている。
- 春彦
- かえでの婿で、面作師の職を由緒正しいものとして誇りにしている。
- 源左金吾頼家
- 修禅寺に身を置く二十三歳の将軍で、自分の面の出来を夜叉王に催促する。
- 下田五郎景安
- 頼家の太刀を捧げて供をする十七八歳の家来である。
- 金窪兵衛尉行親
- 北条殿の使いとして鎌倉から来た三十余歳の武士である。
- 修禅寺の僧
- 頼家の供をする僧で、夜叉王に面を差し出すよう勧める。
読みどころ
この戯曲の中心には、命と名のどちらを取るかの問いがある。面を差し出せと迫る僧は「名も惜しかろうが、命も惜しかろう」と夜叉王を説く。夜叉王は、心に染まない細工を世に残すほうを無念がる。姉のかつらも、山家で朽ちるより高い身分に上ることを望んでいる。父と姉娘はどちらも、自分の誇りを曲げない人間として描かれる。
まず読みたいのは、第一場で姉妹が紙砧を打ちながら言い争う場面だ。職人を見下すかつらに、春彦は面作師の由緒を説いて反論する。夜叉王が面作りを語る台詞も聞きどころである。精力が両腕に集まったとき「わがたましいは流るるごとく彼に通いて」、はじめて面ができると夜叉王は言う。頼家は鎌倉を「人間の住むべきところでない」と言い切る。修禅寺での穏やかな暮らしを願う若い将軍の言葉も、物語の行方に影を落としている。三つの場はどれも同じ一日の夕暮れから夜にかけての話で、短い時間のうちに事が一気に進む。
岡本綺堂は『半七捕物帳』の作者であり、歌舞伎の脚本を数多く書いた劇作家でもある。前書きには、修禅寺に伝わる作者も由来も分からない頼家の面から着想したとある。1911年に二代目市川左団次の一座が初演し、新歌舞伎の代表作として今も上演されている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
頼家は面を見て見事だと喜ぶが、夜叉王は面が死人の相をしていて一生の不出来だと言う。頼家はかつらを召し抱え、面を持たせて連れて行く。夜叉王は壁の面を打ち砕いて職人をやめようとし、かえでが泣いて止める。その夜、頼家はかつらに若狭の名を与える。そして自分に万一のことがあれば、あの面を形見と思えと告げる。そこへ北条の使いの行親が来るが、頼家は会わずに追い返す。行親は兵を集めて御座所に夜討ちをかけると決め、それを春彦が立ち聞きする。春彦から話を聞いた五郎は兵に囲まれて斬り合い、春彦を知らせに走らせる。
修禅寺の御座所は北条方の大勢に攻められる。門を囲まれたため、春彦は中に入れずに戻ってくる。やがて頼家の面をつけ、直垂を着たかつらが深手を負って家に倒れ込む。かつらは頼家の身代わりを名乗って敵を引きつけ、ここまで斬り抜けてきた。逃げてきた僧が、頼家は最期を遂げたと告げる。
夜叉王は、面に死相が出たのは自分の腕のせいではないと言う。頼家の運命が先に作品に現れたのだと覚り、自分を天下一の面作師と呼んで笑う。かつらも、お局になれたのだから死んでも本望だと笑う。夜叉王は娘の断末魔の顔を後の手本に写したいと言い、しばらく苦しみをこらえるよう頼む。春彦が筆と紙を持ってくる。夜叉王がかつらの顔を写そうと筆を執るかたわらで、僧が念仏を唱え、幕となる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日