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りりょう

李陵

中島敦

読了時間
約1時間8分
文字数
33,848字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 漢の武帝の時代、騎都尉の李陵は騎兵を持たない歩兵五千を率いて、匈奴の地へ深く攻め入る。
  2. 単于の大軍に囲まれて矢が尽き、李陵は捕らえられる。都では李陵をかばった司馬遷が宮刑を受ける。
  3. 匈奴で厚く遇される李陵、屈辱の中で史記を書き継ぐ司馬遷、北海で羊を飼う蘇武。三人の日々が続く。

登場人物

李陵
名将李広の孫で騎射の名手。騎都尉として歩卒五千を率いて北へ向かう。
司馬遷
太史令。群臣がそろって李陵を罵る中で、ただ一人李陵を褒め上げる。
蘇武
李陵の二十年来の友。漢の使節として匈奴に留められても降服を拒み、北海のほとりで羊を飼う。
武帝
漢の皇帝。李陵が虜に降ったと聞いて激しく怒る。
且鞮侯単于
匈奴の単于。捕らえた李陵の縄を自ら解き、賓客として遇する。
左賢王
単于の長子。李陵に射を習い、ともに狩りに出る。
韓延年
校尉で成安侯。李陵とともに軍の中心となる八百人を率いる。
路博徳
かつて伏波将軍だった老将。若い李陵の後ろにつくのを嫌い、出撃を春まで待つよう上奏する。
管敢
李陵軍の軍侯。人前で笞打たれたのを恨み、匈奴に逃げて漢軍の内情を明かす。
衛律
匈奴に降った漢人で、丁霊王として単于に重く用いられている。
任立政
隴西の人で李陵の旧友。漢の使者として匈奴を訪れ、李陵に帰国を説く。

読みどころ

正しいことをしたのに辱めを受けた人間は、そのあとをどう生きればよいのか。この作品は、匈奴に降った李陵と宮刑を受けた司馬遷、降服を拒む蘇武の三人を並べて描く。三人は同じ問いに、それぞれ違う形で向き合う。蚕室に入れられた司馬遷は自分の落ち度を探し続け、悪かったのは「我あり」の事実だけだったと考える。

前半は砂漠での行軍と戦闘で、矢の数や敵の数まで細かく書かれ、緊張が途切れない。中盤からは司馬遷の内面に入り、史記を書く手つきが語られる。項羽を書くくだりでは、人物を生き生きさせる字句を削っては元に戻す。後半の北海の場面では、李陵が友の姿に何を見るのかに注目したい。

中島敦は『山月記』や『名人伝』など、中国の古典に題材を取った作品で知られる。『李陵』は漢書や史記の記述をもとに書かれ、作中にも漢書の名が出てくる。中島敦の没後に発表された作品である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

李陵の一族は、匈奴で兵を練る李将軍の噂を聞いた武帝の怒りで、母から妻子まで殺される。噂の正体は同じ降将の李緒だった。李陵は李緒を刺し殺し、のちに右校王となって単于の娘を妻にする。だが浚稽山の麓を通ったとき、死んだ部下を思って漢兵と戦えず、引き返す。左賢王は単于を継いで狐鹿姑単于となる。

李陵は単于に頼まれて北海の蘇武を訪ねるが、降服を勧められずに帰る。数年後に再び訪ねて武帝の死を告げると、蘇武は南に向かって血を吐くまで泣いた。李陵はその姿に漢の国土への純粋な愛情を見て、自分を疑うようになる。旧友の任立政が使者として来て帰国を説くが、李陵は首を横にふる。やがて蘇武は十九年ぶりに漢へ帰ることになった。別れの宴で李陵は立ち上がって舞い歌い、涙を流す。

司馬遷は史記百三十巻を書き上げ、官に納めて父の墓前に報告したあと、ひどい虚脱に陥る。任立政らが都に戻ったころ、司馬遷はすでに亡くなっていた。蘇武と別れたあとの李陵には正確な記録がなく、元平元年に胡地で死んだことだけが残る。漢書には、李陵が胡地でもうけた子が単于を立てて呼韓邪単于と争い、敗れたことが記されている。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日