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ぱんどらのはこ

パンドラの匣

太宰治

読了時間
約2時間49分
文字数
84,182字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「河北新報」河北新報社、1945(昭和20)年10月22日~1946(昭和21)年1月7日

三行でいうと

  1. 終戦の日に喀血を打ち明けた二十歳の小柴利助は、結核療養所「健康道場」に入り、親友へ手紙を書き始める。
  2. 道場では塾生も助手も綽名で呼び合う。ひばりはよく笑う助手マア坊と、働き者の組長竹さんの間で心が揺れる。
  3. 同室の喧嘩や化粧をめぐる騒ぎのあと、見舞いに来た友人が、隣の越後獅子は有名な詩人だと気づく。

登場人物

ひばり
本名は小柴利助。胸の病で健康道場に入り、親友に手紙を書き送る二十歳の語り手である。
竹さん
助手の組長で、本名は竹中静子。大阪の生まれで関西訛りが残り、塾生に一番人気がある。
マア坊
本名は三浦正子という十八歳の助手。よく笑い、塾生たちにかわいがられている。
越後獅子
隣のベッドの大月松右衛門。口数の少ない中年で、のちに詩人の大月花宵だと分かる。
かっぽれ
本名は木下清七という二十八歳の左官。都々逸と俳句が好きで、同室の固パンと張り合う。
固パン
本名は須川五郎という二十六歳の法科の学生。助手たちに英語を教えて人気を集める。
つくし
本名は西脇一夫という三十五歳の塾生。家の都合で道場を出て、北海道の病院へ移る。
場長
道場を率いる田島博士。めったに笑わず、塾生からは陰で清盛と呼ばれている。

読みどころ

敗戦の日を境に、二十歳の青年は「新しい男」として生き直そうとする。死と隣り合わせの療養所にいながら、彼の手紙はおかしいほど明るい。題名の神話では、匣から災いが飛び去ったあと、隅に「希望」と書かれた小さな石が残る。その石を手さぐりで探すような明るさが、この作品の中心にある。

手紙はすべて親友ひとりに宛てたもので、語り手の見栄や強がりがそのまま出る。道場の挨拶「やっとるか」「やっとるぞ」や、綽名で呼び合う塾生と助手のやりとりは、読んでいて楽しい。一方で、助手たちについて書く評価は手紙ごとに大きく揺れる。どこまでが本心なのかを考えながら読むと、手紙で語る形の面白さがよく分かる。

太宰治が戦後すぐに書いた長編小説である。冒頭の作者の言葉にあるとおり、昭和二十年秋に『河北新報』で連載された。芭蕉の「かるみ」を引き、軽く清らかに生きたいと語る青年の姿が、敗戦直後の空気とともに描かれている。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

十月の末、友人が道場へ見舞いに来て、隣の越後獅子は詩人の大月花宵だと気づく。日曜の慰安放送で助手たちが歌った「オルレアンの少女」は、花宵の作った歌だった。ひばりが話しかけると越後は怒り出すが、翌朝に娘のキヨ子さんが見舞いに来ると、機嫌を直して和解する。娘が菊を挿し直すのを眺めながら、越後はもう一度詩を書こうかと呟く。

やがてひばりは外出を許され、母を小梅橋まで送る。供をしたマア坊が母と話すのを聞き、竹さんが近く場長と結婚すると知って、ひばりはひどく動揺する。ひばりは手紙で、初めから竹さんを好きだったと打ち明ける。竹さんの悪口を書いてきたのは、その思いを消すためだった。帰りに寄った家でマア坊は泣き、竹さんも泣いていたと話す。そのあとマア坊が見せた無欲な顔に、ひばりは救われる。

道場に戻ると、竹さんがいつものように昼食を運んでくる。ひばりが祝いを言うと、竹さんは黙って彼の腕をつねり、やがて「かんにんね」と囁く。ひばりが「ひどいやつや」と返すと、竹さんは笑って「おおきに」と言い、二人は和解する。竹さんは月末まで道場にいる。その日の講話は花宵先生の「献身」で、ひばりは「新しい男」の看板を下ろそうと決める。手紙は、伸びていく植物の蔓の答えで結ばれる。「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当るようです。」

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日