びざん
眉山
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,074字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「小説新潮」1948(昭和23)年3月
三行でいうと
- 戦後の新宿で、小説家の僕たちは飲み屋の若松屋に通い、女中のトシちゃんを陰で眉山と呼んでいた。
- 眉山は小説好きを名のるのに物を知らず、客の話に割り込み、階段を騒々しく昇り降りして皆にうとまれる。
- 僕の名が載った雑誌を眉山が買ってきて、僕は怒鳴りつける。その後、僕は体をこわして十日ほど寝込む。
登場人物
- 僕
- 三鷹に住む小説家で、客を連れて新宿の若松屋へ三日に一度は飲みに行く。
- トシちゃん
- 若松屋の女中で、はたち前後。眉だけが美しく、陰で眉山と呼ばれる。
- おかみさん
- 若松屋を営む初老の女性で、三鷹のさかなやのおやじの姉にあたる。
- 橋田新一郎
- 二科の洋画家で、僕の冗談から店では林先生と呼ばれている。
- 川上六郎
- ピアニストで、この人の名を聞いたトシちゃんの勘違いから眉山のあだ名が生まれた。
- 中村国男
- 前進座の若手俳優で、眉山には中村武羅夫だと思い込まれている。
読みどころ
人を笑いものにしていた側は、相手の何を見ていなかったのか。この作品はそれを問う。眉山の無知や騒々しさを、僕たちは酒の席で遠慮なくこき下ろす。読者も最初は、その悪口を笑いながら読み進めることになる。笑っていた読者が、最後の数ページで自分も同じ席にいたと気づく。そこにこの短編の力がある。
語りは軽口と悪口が続く会話文で、テンポよく進む。注目したいのは、眉山の失敗が一つずつ念入りに語られるところだ。御不浄の一件、階段の足音、配給のミソを踏んだ話がそうである。どれも滑稽な逸話として描かれている。雑誌をめぐって僕が本気で怒る場面には、作家としての屈折もにじむ。その一方で、どの場面でも笑顔を崩さない眉山の姿を覚えておくとよい。
太宰治が亡くなる1948年に発表した晩年の短編である。戦後の新宿の飲み屋を舞台に、作家や画家たちの自堕落な日々を描いている。太宰らしい自嘲とユーモアがあり、短く読みやすい。晩年の作品に触れる入口として手に取りやすい一編である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
寝込んでから十日ほどたち、回復した僕は酒を飲みに新宿へ出る。駅前で橋田氏に会って若松屋へ誘うと、橋田氏はなぜか渋々応じる。道すがら眉山の様子を尋ねると、もう店にはいないと言う。眉山は腎臓結核で、両方の腎臓が冒されていた。手術にはもう手おくれで、おかみさんは本人に何も知らせず、静岡の父親のもとへ帰していた。
僕は思わず「いい子でしたがね。」と口にしてしまい、うろたえる。橋田氏は、夜中でもすぐに起きて酒を運んでくれた眉山の気性をしみじみとほめる。用を足す回数が多いのは病気のせいだった。だからミソを踏んだのも、階段を駆け降りて便所へ飛び込んだのも無理はなかったと橋田氏は言う。御不浄を汚したのも、少しでも長く客のそばにいようと我慢を重ねたせいだった。階段をドスンドスンと昇ったのも、大儀な体で無理をして働いていたからだった。
僕は地団駄を踏みたい思いで立ちどまり、「ほかへ行きましょう。あそこでは、飲めない。」と言う。橋田氏も同感だと答え、二人はその日から飲む店を変える。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日