げかしつ
外科室
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,252字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文芸倶楽部」1895(明治28)年6月
三行でいうと
- 画家の「予」は、兄弟同然の医学士高峰に無理を言い、貴船伯爵夫人の手術に立ち会う。
- 夫人は心に一つ秘密があり、麻酔で譫言を言うのが怖いからと、麻酔をかたく拒む。
- 夫や医博士が説き伏せようとする中、平然と座っていた高峰が椅子を離れ、メスを求める。
登場人物
- 予
- 画家で、高峰とは兄弟も同然の仲であり、画家であることを口実に手術を見せてもらう。
- 高峰
- 外科科長の医学士で、上流社会が注目する手術を前にしても平然としている。
- 貴船伯爵夫人
- 胸を切る手術を受ける病人で、「姫」と呼ばれる幼い娘がいる。
- 貴船伯爵
- 夫人の夫で、麻酔を拒む妻をなだめて聞かせようとする。
- 綾
- 夫人に仕える腰元で、麻酔のことを夫人に取り次ぐ。
- 医博士
- 手術に立ち会う医師で、手術を延ばすのに反対し、看護婦に夫人を押さえさせようとする。
読みどころ
麻酔を拒んだまま胸を切らせる伯爵夫人と、その手術を引き受ける医学士の話である。夫人は心に秘密を一つ抱えている。それを人に聞かれるくらいなら、病が治らなくてもよいと言い張る。夫人がそこまでして守ろうとする秘密が何なのかが、この短い作品の中心にある。
手術室の場面は、名のある人々が見守る中で進み、張りつめた空気が続く。そのあいだ高峰だけは、椅子に座ったまま顔色をほとんど変えない。予はその落ち着きぶりを細かく書き留めている。看護婦の「それでは、あなた」に答える声が一度だけ震えるところは、読み流さないでおきたい。後半は場面ががらりと変わって植物園の散策になり、職人ふうの若者たちの軽い掛け合いが続く。前半とまるで違うこの調子が、全体の中でどう効いているかも読みどころだ。
泉鏡花の初期の短編で、明治28年に『文芸倶楽部』に発表された。文語体で漢語も多く、読み始めは少し手こずるかもしれない。台詞は話し言葉で書かれているので、台詞を頼りに読み進めると流れがつかみやすい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
高峰は看護婦からメスを受け取り、体を押さえるのも要らないと止める。「夫人、責任を負って手術します」と告げると、夫人は「どうぞ」と答え、頬を赤らめて高峰を見つめる。胸が切られても、夫人は足の指さえ動かさない。メスが骨に届くころ、夫人は不意に半身を起こし、高峰の右腕に両手ですがる。「痛みますか」と問われ、夫人は「いいえ、あなただから、あなただから」と答える。
夫人は仰向けに倒れながら「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」と言い、高峰のメスに手を添えて、自分の胸の乳の下を深く切る。高峰は青ざめて「忘れません」と答える。夫人はうれしそうに微笑み、手を離して息絶える。
話は九年前にさかのぼる。学生だった高峰と予は、小石川の植物園で貴族の婦人三人とすれ違い、高峰は思わず振り返った。その後高峰はその婦人のことを予にも一言も語らず、妻を迎えないまま身を慎んで暮らした。夫人と高峰は同じ日に前後して死に、青山と谷中の墓地に分かれて葬られる。最後に予は、二人は罪悪があるから天に行けないのかと、天下の宗教家に問いかける。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日