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はざくらとまてき

葉桜と魔笛

太宰治

読了時間
約13分
文字数
6,117字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

三行でいうと

  1. 葉桜のころになると、老夫人は三十五年前に島根の城下まちで過ごした春を思い出す。
  2. 妹は腎臓結核で百日以内と告げられ、姉は妹の箪笥の奥にM・Tからの手紙の束を見つける。
  3. 妹の枕もとに置かれた一通の手紙を、姉は何くわぬ顔で受け取り、声に出して読みはじめる。

登場人物

私
語り手の老夫人で、母を早く亡くしてから父と妹の暮らしを一人で切りまわしていた。
妹
姉より二つ年下の美しい娘で、腎臓結核にかかり医者に百日以内と言われる。
父
頑固一徹の学者気質の中学校長で、城下まちの寺の離れ座敷を借りて住む。
M・T
妹の箪笥の奥にあった三十通ほどの手紙に名のある男で、まずしい歌人の様子と書かれている。

読みどころ

死を前にした妹に、姉は何をしてやれるのか。この作品はその問いを、一通の手紙と一つの口笛で描く。偽りと分かっている言葉でも、人を慰められるのか。短い話の中に、姉妹それぞれの秘密が重ねて置かれている。

語りは老夫人の一人語りで、「ございます」の丁寧な口調で三十五年前を振り返る。妹を思って野道を歩く姉が、地の底から響く不思議な音に立ちすくむ場面は、のちに音の正体が明かされる。作中には手紙の文面がそのまま置かれている。だから読み手も、姉と同じ気持ちでその手紙を読むことになる。

太宰治が1939年に雑誌『若草』に発表した短編である。同じ年の『女生徒』と同じく、女性の一人語りで書かれている。最後の数段落で、年をとった語り手の迷いが静かに添えられる。そこまで読むと、題名の「魔笛」の意味がいっそう重くなる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

束の最後の手紙で、姉は二人の恋が心だけのものではなかったと知った。M・Tは病気を知って妹を捨てたらしい。姉は手紙を一通のこらず焼き、このことを誰にも語らないと決めた。そして妹を見かねて、M・Tの筆蹟を真似た手紙を書いた。妹が死ぬ日まで毎日手紙と歌を送り、晩の六時には塀の外で軍艦マアチの口笛を吹くつもりだった。姉がその手紙を読み終えると、妹は「ありがとう、姉さん、これ、姉さんが書いたのね。」と言う。

妹は落ちついて微笑み、緑のリボンの手紙はおととしの秋から自分で書き、自分に宛てて出していたと明かす。妹は男のひとと話したこともなかった。もっと大胆に遊べばよかった、死ぬのはいやだと訴える。姉は妹を抱いた。そのとき庭の葉桜の奥から軍艦マアチの口笛が聞こえ、時計を見ると六時だった。二人は抱き合ったまま、その口笛に耳をすました。

姉は神さまがいると信じた。妹は三日目に、医者が首をかしげるほど静かに息をひきとった。年をとった今の語り手は、隣の部屋で話を立ち聞きした父が口笛を吹いたのではないかと疑うことがある。父はもう十五年ほど前に亡くなり、確かめようがない。やはり神さまのお恵みだと信じていたいが、年とともに信仰が薄らいでいけないと語って話は終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日