ぎょふくき
魚服記
- 読了時間
- 約11分
- 文字数
- 5,098字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「海豹」1933(昭和8)年3月号
三行でいうと
- 本州の北端にある馬禿山の滝のそばで、スワは父親と炭焼小屋に暮らしながら茶店の番をしている。
- 夏の終わりに都の学生が滝壺へ落ちて沈む。そのころスワは、滝の形がいつも変わっていることに気づく。
- 父から聞いた、魚を食べて大蛇になった八郎の昔話を思い出したスワは、帰り道で父にきつい問いを投げる。
登場人物
- スワ
- 滝のそばの炭焼小屋の娘で、滝壺の茶店で店番をしている十五になる女の子。
- 父親
- スワとふたりで炭焼小屋に住み、炭や蕈を村へ売りに下りる。
- 学生
- 羊歯類を採集しに来て、滝壺の絶壁から落ちた色の白い都の学生。
- 八郎
- 父親が語った昔話のきこりの弟で、やまべを食べつくして大蛇になる。
- 三郎
- 八郎の兄で、川の中の大蛇になった弟と泣きながら呼び合う。
読みどころ
山の中で父親とふたりきりで暮らす少女が、滝を見つめながら何を考えるようになるのかを描いた短編である。スワが父親に投げる「おめえ、なにしに生きでるば」という問いは、子どもの言葉にしてはあまりに鋭い。父親は「判らねじゃ」としか答えられない。その答えにいらだつスワの気持ちが、話の後半へつながっていく。
冒頭は、山脈の言い伝えや滝のある景色をゆっくり紹介するところから始まる。その静けさの中で、学生が絶壁から落ちる場面だけが短い文で一気に書かれる。スワが滝の形の変化に気づいていく様子と、父親が語った八郎と三郎の昔話は、あとの展開を読むうえで大事になる。父と娘の会話は土地の言葉で書かれていて、ぶっきらぼうなやりとりの中に二人の距離が見える。
太宰治の初期の作品で、のちに第一創作集『晩年』に収められた。昔話や山の不思議が少女の暮らしにそのまま溶けこんでいて、写実の小説とも民話ともつかない読み味がある。短いので、滝の音や雪の描写に気をとめながら、ゆっくり読むとよい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
ぼんが過ぎて茶店をたたむと、父親は四五日置きに炭を背負って村へ下りるようになる。凩の吹く日、スワはめずらしく髪をゆい、父親の土産のたけながを結んで帰りを待つ。夜になっても父親は帰らず、スワは炉ばたで眠ってしまう。入口に初雪が舞いこむのを、夢心地に見る。
そのあと、からだがしびれるほどの重さと痛みが来て、あのくさい呼吸が聞こえる。スワは「阿呆」と短く叫び、吹雪の外へ走り出る。滝の音を頼りに歩きつづけ、冬木立のすきまから「おど!」とひくく言って滝壺へ飛び込む。
気がつくと水の底にいて、スワは大蛇になったと思い、「うれしいな、もう小屋へ帰れないのだ」とひとりごとを言う。実際は小さな鮒になっていた。鮒は小えびを追い、葦のしげみに隠れて遊ぶ。やがてじっと動かなくなり、しばらく何か考えている様子を見せる。それからまっすぐ滝壺へ向かい、木の葉のように吸いこまれていく。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日