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だす・げまいね

ダス・ゲマイネ

太宰治

読了時間
約43分
文字数
21,488字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「文藝春秋」1935(昭和10)年10月

三行でいうと

  1. 恋に破れた二十五歳の大学生の「私」は、上野の甘酒屋で、音楽学校に八年いるという奇妙な男の馬場と知り合う。
  2. 馬場の手紙をきっかけに、二人は雑誌『海賊』を出す計画に熱中する。画学生の佐竹と作家の太宰治も仲間に加わる。
  3. 佐竹は馬場を信じすぎるなと「私」に忠告する。四人が下宿に集まった打ち合わせは、馬場と太宰の口論になる。

登場人物

佐野次郎左衛門
語り手の「私」で、恋の相手に逃げられたあと友人たちにこの名で呼ばれるようになった帝大生である。
馬場数馬
上野の甘酒屋で「私」に声をかけた男で、音楽学校に八年いるが一度も試験に出ていないと話す。
佐竹六郎
馬場の親類筋にあたる東京美術学校の生徒で、能面のような白い顔をした画家である。
太宰治
馬場が音楽学校の先輩から紹介された若い作家で、坊主頭に派手な着物姿で下宿に現れる。
菊
上野公園の甘酒屋で働く十七歳の娘で、「私」の恋の相手によく似ている。

読みどころ

この作品の中心には、自分の顔を持てない若者たちがいる。馬場は会うたびに服装を変え、自分の手柄話をして、そのあとで嘘だと打ち消す。作家の太宰は、人はみな他人の楯を借りていると言い、「どんなにぼろぼろでも自分専用の楯があったら」と口にする。誰の言葉が本心で、誰の振る舞いが芝居なのか。読者は「私」と同じように、最後まで見分けがつかないまま引き込まれていく。

読むときは、馬場の長い独白と、それを疑う「私」の語りの食い違いに注目したい。ヴァイオリンの名手との一夜や荒城の月の話は、本当かどうか作中で確かめられない。各章の題のすぐ後には「ナポリを見てから死ね!」のような短い一行が置かれていて、章の空気を先に伝える。作者と同じ名の太宰治が、馬場に散々けなされる嫌な男として登場するのも、この作品の大きな仕掛けである。

太宰治の初期の作品で、1935年に『文藝春秋』に発表された。会話の応酬や芝居がかった独白、自意識をめぐる冗談の多くは、のちの太宰作品にも通じる。外国の芸術家の名前や漢語が多く、すらすらとは読めないが、四人の若者の掛け合いは今読んでも生々しい。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

打ち合わせの席で馬場は太宰に歩み寄り、「ばけもの!」と言って平手で頬を殴る。海賊クラブは一日で解散になる。その晩、馬場は「私」とおでんやで酒を呑み、佐竹が太宰を抱き込んだのだと言う。雑誌は「私」を離したくなくて持ち出しただけだと打ち明け、菊が「私」に惚れていることも伝える。「私」が菊だけを好きだと答えると、馬場は泣き出し、これはうそ泣きだと言いながら荒城の月を作ったのは自分だと言い張る。

「私」はひとりで雨の外へ出る。太宰の言葉を呟き、佐竹の口真似をし、舌打ちまで馬場に似てきたことに気づく。「私はいったい誰だろう」と考えてぞっとし、出鱈目な節で自分を励ます文句を歌いながら走り出す。

翌日、馬場は佐竹に、佐野次郎がゆうべ電車にはねられて死んだと話す。佐竹はペリカンの画が売れた二百円を差し出す。佐野次郎と遊ぶために作った金だった。馬場はそこから百円を菊に渡し、今晩だけ二人で仲よく遊ぼうと佐竹を誘う。佐竹は「人は誰でもみんな死ぬさ」と答えて、物語は終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日