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おんなのけっとう

女の決闘

太宰治

読了時間
約1時間15分
文字数
37,458字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「月刊文章」1940(昭和15)年1~6月

三行でいうと

  1. 太宰治が森鴎外訳の短篇『女の決闘』を読者と一緒に読み、原作の合間に自分の筆を差し込んでいく。
  2. 夫の浮気相手の女学生に、妻コンスタンチェが拳銃での決闘を申し込む。妻は銃を売る店の中庭で射撃を習う。
  3. 太宰は原作に書かれない女学生と夫の心を描き足す。翌朝、白樺の森に着いた二人は十二歩を隔てて向き合う。

登場人物

私
借りてきた鴎外全集を開き、六回の連載で原作に筆を加えていく語り手。
コンスタンチェ
夫の浮気相手に決闘状を送る妻で、それまで武器を手にしたことがなかった。
女学生
ロシヤの医科大学で学ぶ学生で、太宰が描き足す場面では射撃の腕に自信を持っている。
芸術家
コンスタンチェの夫で四十を越した流行作家であり、太宰は原作の作者その人に見立てて書く。
予審検事
決闘のあとで芸術家を呼び出し、皮肉を交えて問いただす。
牧師さん
太宰の知り合いの四十歳の牧師で、太宰の家の庭に苺の苗を植えていく。

読みどころ

小説を書く人間は、目の前の悲劇をどこまで冷たく見つめられるのか。この問いを、太宰治は他人の短篇を読み解く形で追いかける。下敷きは、森鴎外が訳したオイレンベルグの十三ページほどの小品だ。太宰は原作の描写の正確さに感心しながら、その冷たさに不快を覚える。そこから作者の人柄を疑い、勝手な仮説を立てて物語を組み直していく。

読むときは、鴎外の訳文と太宰の地の文の継ぎ目に目を向けたい。原作の部分は、中庭から飛び立つ鳩のような細部を突き放した調子で書く。太宰の部分は「私」が読者に語りかける講義の口調で、冒頭では「勉強いたして居ります。」と澄ます人々をからかう。第三回では女学生の独白に入り込み、語りの声がもう一度変わる。太宰自身も「これは非常に、こんぐらかった小説であります。」と書いている。誰がどこまで書いた文章なのか、確かめながら読み進めたい。

1940年に雑誌『月刊文章』へ六回に分けて連載された作品である。太宰治はのちに『お伽草紙』や『新釈諸国噺』でも、既存の物語を自分の筆で作り直した。本作はその早い例で、翻訳小説を丸ごと取り込み、批評と創作を一つにしている。原作の三人の思いが、原作よりも身近に感じられるかどうか。太宰はその判定を読者に任せて筆を置く。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

二人は六発ずつ撃ち合う。先に撃ったのは女学生で、交互に撃つうちに女学生の弾は高く外れるようになる。やがてコンスタンチェの弾が女学生の頸に当たり、女学生は外国語で一言発して倒れる。白樺の陰には夫の芸術家が隠れ、一部始終を見ていた。コンスタンチェは草原を逃げて夕方まで倒れ伏し、死ぬと決めて村役場へ向かう。役場では、決闘をして人を一人殺したと名乗り出る。未決檻では夫に会うのを拒み、わざと矛盾する口供をして予審を長引かせる。ある夕方、絶食を続けた末に檻房で死んでいるのが見つかる。

太宰はここに予審検事の取り調べを書き足す。どちらの死を望んだかと問われた芸術家は、「どちらも生きてくれ、と念じていました。」と答えて帰される。太宰はこの答えを嘘とは見ず、浮かんでは消える思いの中から拾った一つの真実だと弁護する。最終回では、妻が牧師に宛てた書きかけの手紙が示される。妻は女学生の手で殺され、名誉を保ったまま恋を相手に渡すつもりだった。勝ってしまったために名誉だけが残り、恋は救えなかったと書いている。

遺書を書き写していた芸術家は、女の思いの激しさに打たれて筆を投げる。それでも自ら命を絶つことはなく、翌日からも静かな作家の暮らしを続ける。『女の決闘』を新聞に発表したのちは、通俗小説ばかりを書くようになる。財産も体重も増え、六十八歳で大往生し、二度と妻をめとらなかった。太宰はこの筋をすべて自分の作り事だと断り、原作者に詫びる。最後に知り合いの牧師に遺書を読ませると、牧師は、女は恋をすればそれきりで、ただ見ているしかないと答える。二人はきまり悪げに微笑み合う。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日