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にちにちへいあん

日日平安

山本周五郎

読了時間
約57分
文字数
28,046字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日

三行でいうと

  1. 江戸へ帰る途中の井坂十郎太は、空腹から切腹のまねをする浪人の菅田平野に呼び止められる。
  2. 紙入を忘れたと気づいて城下へ戻ると、城代家老の伯父が対立する重臣たちに連れ去られていた。
  3. 仕官をもくろむ菅田平野は軍師役を買って出て、自分を密告者に仕立てて敵の屋敷へ乗り込む。

登場人物

井坂十郎太
城代家老の陸田精兵衛の甥で、婿養子になるはずだったが、奸臣誅殺の計画を勘づかれて江戸へ帰される。
菅田平野
北越の浪人で二十九歳。一食の銭を得るために切腹のまねをして十郎太を呼び止める。
陸田精兵衛
城代家老。藩政の乱れを訴える十郎太に「日日時事みな平安なり」と言うだけで動かない。
千鳥
精兵衛の一人娘で十七歳。十郎太の許婚にあたる。
おの女
精兵衛の妻。温和で気の弱い人。
こいそ
千鳥の侍女。屋敷が押さえられた夜の様子を十郎太たちに伝える。
黒藤源太夫
次席家老。仲島弥五郎と並ぶ奸物の首魁。
寺田文治
十郎太と血判を交わした同志の一人で、斬込隊の指揮者。

読みどころ

藩の悪政に怒る若侍と、腹をすかせた浪人が出会う。正義に燃える十郎太は単純で、浪人の菅田平野は打算で動く。この二人が手を組み、城代家老を救い出すまでの数日を描いた時代小説である。題は伯父の口癖「日日時事みな平安なり」から取られている。のんびり構える人々と、あせる若者の対比が全編の笑いを生む。

読むときは菅田平野の心の声に注目したい。表では謙遜しながら、内心では「この蔓は決して逭さない」とつぶやいている。考えごとのたびに鼻毛を抜き、大きなくしゃみをする癖も繰り返し出てくる。馬草小屋で交わされる千鳥と母親の会話は、緊迫した場面のさなかにありながら驚くほどのどかだ。自分を戒める「おれは単に腹のへっている浪人者だった」という独り言も、人物の可笑しさと誠実さをよく表している。

山本周五郎は武家の暮らしや市井の人々を書き続けた作家で、この作品では軽妙な語り口が際立つ。黒澤明の映画『椿三十郎』は、この作品をもとにしている。映画を知る人には、原作の浪人がどれほど頼りなく人間くさいかも読みどころになる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

菅田平野は黒藤源太夫に会い、十郎太らが光明寺に集まって誅殺をたくらんでいると密告する。源太夫は名を挙げた者たちの在否を確かめさせ、密告を信じる。菅田平野は食器を運ぶ手籠を見て、中庭の土蔵に食事が運ばれていたことに気づく。討手の騎馬が光明寺へ出ていくと、彼は戸納の蒲団に火をつける。煙を見た十郎太たちが踏み込み、土蔵の前で転んだ菅田平野のもとに寺田乙三郎らが駆けつける。陸田精兵衛は土蔵から救い出され、三老職は城中へ護送される。光明寺から引き返した討手も、石鉢山の切通しで捕えられる。

菅田平野は泥まみれの燧袋を十郎太に返したあと、黙って姿を消す。策が成功して自分の功績が計算される番になると、彼は恥ずかしくなった。初めから仕官を願っていた以上、侍の良心としてそこにはいられないと考えたのだ。空腹で雨の中を歩く彼を、腹の中の声が戻れと責め続ける。

そこへ十郎太が馬で追いつく。藩の内紛を知られた以上よそへやるわけにはいかないと伯父にどなられた。だから戻って任官するか客分として留まってほしいと頼む。菅田平野は渋い顔をつくって「御藩の平安のためですから戻りましょう」と答える。しかしこらえきれずに笑い、「どうも有難う」と頭を下げる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日