なめとこやまのくま
なめとこ山の熊
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,265字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- なめとこ山の熊捕りの名人の淵沢小十郎は、犬を連れて山を歩き、熊を撃って暮らしている。
- 熊たちは小十郎を好いて見送る。だが小十郎は町の荒物屋で、毛皮を安く買いたたかれている。
- ある夏、木から落ちてきた熊が、し残した仕事があるから二年だけ待ってくれと小十郎に頼む。
登場人物
- 淵沢小十郎
- なめとこ山あたりで熊を捕る名人で、九十になる母と子供らを含む七人の家族を養っている。
- 小十郎の母
- 九十になり、縁側の日なたで糸を紡いでいる。
- 荒物屋の主人
- 町の大きな荒物屋の主人で、小十郎が持ってくる熊の毛皮を安く買い取る。
- 平助
- 荒物屋の店の者で、主人に言われて小十郎に銀貨を渡す。
- 母親の熊と子熊
- 春の月夜に、向こうの谷の白いものが雪か花かを話し合う熊の親子である。
読みどころ
熊を殺して生きる男が、その熊たちに好かれている。この作品の中心には、そのねじれた関係がある。小十郎は撃った熊に向かって、憎くて殺したのではないと語りかける。そして「この次には熊なんぞに生れなよ」と言う。殺す側と殺される側が、同じ因果の中にいる者として向き合っている。
読むときは、場面ごとの温度の差に注目したい。月の光の中で熊の親子が谷の白いものを見つめる場面は、小十郎が胸をいっぱいにして身を引くほど静かで美しい。その直後に、町の荒物屋で毛皮を買いたたかれる場面が来る。語り手は狐けんにたとえて「熊は小十郎にやられ小十郎が旦那にやられる」と書き、それがしゃくにさわると自分の怒りを隠さない。私や僕として顔を出し、聞いた話だから間違っているかもしれないと断る語り口も、この作品の味わいである。
宮沢賢治の童話のなかでも、生きものの命を取って暮らすことの重さを正面から描いた一編である。熊の言葉や岩手の方言で交わされる会話はやわらかい。それでも、読み終えたあとに残る問いは大人向けに重い。生前には発表されなかった作品である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
熊が頼んでから、ちょうど二年目の朝のことである。風の烈しい夜が明けて小十郎が外へ出ると、ひのきのかきねの下にあの熊が血を吐いて倒れていた。小十郎は思わず拝むようにした。
一月のある日、小十郎は家を出るとき、今朝は初めて水へ入るのが嫌な気がすると母に言う。孫たちに送られて、夏に目をつけておいた大きな熊を撃ちに白沢をのぼる。峯の上の平らで休んでいると、その熊が立ち上がって向かってきた。撃っても熊は倒れず、小十郎は頭が鳴ってあたりが青くなる。遠くで「おお小十郎おまえを殺すつもりはなかった」という声を聞き、小十郎は死んだと思って「熊ども、ゆるせよ」と心の中で言う。
三日目の晩、月の明るい雪の山の上で、黒い大きなものたちが環になって雪にひれふし、いつまでも動かなかった。いちばん高いところには、小十郎の死骸が半分座ったように置かれている。凍えた小十郎の顔は、何か笑っているようにさえ見えた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日