もじか
文字禍
- 読了時間
- 約13分
- 文字数
- 6,425字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「文学界」(「古譚」の題で)1942(昭和17)年2月
三行でいうと
- アッシリヤの都ニネヴェの図書館で、毎夜ひそひそと怪しい話し声がするという噂が立つ。
- 大王の命で調べ始めた老博士ナブ・アヘ・エリバは、一つの文字を見つめるうちに文字が線の集まりに見えてくる。
- 文字の霊はいると考えた博士は、文字を覚えた人々に聞き回り、文字が人の目や頭を損なうと書き留めていく。
登場人物
- ナブ・アヘ・エリバ
- 大王に文字の霊の研究を命じられた老博士で、大王が幼いころからの師傅である。
- アシュル・バニ・アパル大王
- アッシリヤの王で、ナブウ神を熱心に崇める当時一流の文化人である。
- イシュデイ・ナブ
- 若い歴史家で、歴史とは何かを老博士に問いに来る。
- 書物狂の老人
- 博士より博学だが、今日の天気にも自分の着ている服にも気づかない。
読みどころ
文字に霊はあるのか。この問いから物語が始まる。一つの字をじっと見ていると、字がばらばらの線に見えてくる。この感覚は、読む人の多くにも覚えがあるはずだ。単なる線になぜ音と意味が宿るのか。老博士のこの疑問は、古代の話でありながら、文字に囲まれて暮らす今の読者にもそのまま向けられている。
注目したいのは、博士が人々から集める「統計」である。文字を覚えてから蝨を捕るのが下手になった者や、空の鷲が見えなくなった者が大真面目に並び、読んでいて笑いを誘う。一方で、獅子という字は本物の獅子の影ではないのかという考えには、はっとさせられる。若い歴史家との問答では、博士の言葉が思わぬ方向へ転がっていく。語り手は博士の考えを追いながら、一歩引いた皮肉な目も保っており、この距離の取り方が読みどころになる。
中島敦は中国の古典に材を取った作品で知られるが、本作の舞台は古代アッシリヤである。1942年に「山月記」とともに「古譚」の題で『文學界』に発表された。漢語の多い硬い文体だが、短い作品なので、言葉の響きを楽しみながら読み通せる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
若い歴史家のイシュデイ・ナブが博士を訪ね、王兄の最期の諸説を挙げて、歴史とは昔あった事柄か、粘土板の文字かと問う。博士は「書かれなかった事は、無かった事じゃ」と答え、文字の精霊の力を説く。だが歴史家が帰ったあと、自分が文字の霊の威力をほめていたことに気づき、自分までたぶらかされていると舌打ちする。
博士はすでに病に冒されていた。文字が線に分かれて見えたときから、家も人の体も日々の習慣も、意味のない部分の寄せ集めに見えるようになっていた。気が違いそうになった博士は研究を急いでまとめ、文字への盲目的な崇拝を改めよと説く意見を添えて大王に献じる。
報告は大王の機嫌を損ね、博士は即日謹慎を命じられる。博士はこれを文字の霊の復讐だと悟る。数日後に大地震が起き、自宅の書庫にいた博士の上に書架が倒れる。数百枚の重い粘土板が落ちかかり、博士は圧死する。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日