まぐのりあのき
マグノリアの木
- 読了時間
- 約6分
- 文字数
- 2,822字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 霧がじめじめ降るなか、諒安は険しい山谷の峯と谷を、沓の底を踏み抜きながらひとりで渡っていく。
- 眠りこんだ諒安の耳もとで、これがお前の中の景色だと告げる声がし、目覚めると霧の中から歌が聞こえる。
- 霧が融けると渡ってきた山谷にマグノリアの花が白く咲き、大きなほおの木の下に二人の子供が立っている。
登場人物
- 諒安
- 霧の降る険しい山谷を、ひとりで峯から谷へ伝って渡っていく。
- 二人の子供
- 羅をつけて瓔珞をかざり、ほおの木の幹を間にして立ち、マグノリアの歌をうたい交わす。
- その人
- 子供らと同じなりをした諒安と同じくらいの人で、霧の中で歌っていたのは自分だと名のる。
読みどころ
この話の中心には、苦しい道のりとその先の景色の関わりがある。諒安が渡る山谷は暗くさびしく、峯の巌は登っても寄るべがない。眠りの中の声は、その山谷を諒安自身の中の景色だと告げる。険しさを渡ることに何の意味があるのか。短い話の中で、読む人もその問いを諒安と一緒に抱えることになる。
注目したいのは霧の書き方である。霧は明るくなったり暗くなったりを繰り返し、諒安が笑いを投げるとさっと明るくなる。霧が融ける場面では、空に漂うものが琥珀から黄金に変わり、さらに緑へ移っていく。汗の匂いを思った諒安の考えから黒い馬が躍り出る場面のように、心の動きがそのまま目に見える形で描かれる。後半は子供らの歌の掛け合いと、諒安とその人との問答で進む。
宮沢賢治は法華経を深く信仰した作家で、この作品にも寂静印や覚者、偈といった仏教の言葉が多く出てくる。言葉は難しく見えるが、筋は山谷を渡って花を見るまでの一本道である。言葉の意味を一つずつ押さえるより、霧と光の移り変わりを追って読むと入りやすい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
霧が融けて空が晴れると、諒安は渡ってきた山谷いちめんにマグノリアの花が白く咲いているのを見る。ほおの木の下では二人の子供が、枝に光るものは何かと歌で問い、天の鳩だと答え合っている。諒安が「マグノリアの木は寂静印です。ここはどこですか。」と尋ねると、子供はわからないと答える。
そこへ子供らと同じなりをした人がうしろから現れ、マグノリアの木は寂静印だと言う。霧の中で歌っていたのはその人だった。その人は自分はあなたでもあると言い、諒安も同じように答えて、二人は初めて軽く礼をする。その人は、ここの平らさはけわしさに対する平らさだと言う。諒安は、けわしい山谷を渡ったから平らなのだと応じる。
二人はマグノリアの花びらやかおりについて語り合い、その人はそれはみんな善だと言う。誰の善かと問う諒安に、その人は覚者の善だと答える。諒安は、覚者の善は峯の冷たい巌にも谷の密林にも、川の下流の革命や饑饉や疫病にもあらわれると語る。そのうえで、ここではマグノリアの木が覚者の善であり私どもの善でもあると言う。諒安とその人はまた恭しく礼をして、話は終わる。
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青空文庫で無料で読む図書カード:マグノリアの木本で読む
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日