きかい
機械
- 読了時間
- 約44分
- 文字数
- 21,546字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「改造 第十二卷第九號」1930(昭和5)年9月1日
三行でいうと
- 九州の造船所を出た語り手の私は、汽車で会った婦人の縁で、ネームプレート製造所に住み込みで働き始める。
- 職人の軽部は私を秘密を盗みに来た間者と疑う。私は主人の研究を手伝い、暗室に入るようになる。
- 大口の注文で同業から職人の屋敷が借りられて来る。今度は私が、屋敷を廻し者ではないかと疑い始める。
登場人物
- 私
- 語り手。九州の造船所から出て来て、製造所で劇薬ばかりを扱う仕事を受け持つ。
- 主人
- ネームプレート製造所の主人で、四十男。赤色プレートの製法を考案したが、金銭を持つと落としてしまう。
- 細君
- 主人の妻で、主婦とも呼ばれる。家の中心になっており、主人に金銭を持たせない。
- 軽部
- 細君の実家の隣家から来ている職人。私をこの家の仕事の秘密を盗みに来た間者だと思い込む。
- 屋敷
- 主人が同業の友人の製作所から借りて来た職人。鋭い眼つきと人を引きつける魅力を持つ。
- 主人の姉
- 五十歳あまりの婦人。汽車の中で私と会い、この家の仕事を手伝うようすすめた。
読みどころ
語り手の私は、初めは秘密を盗みに来たと疑われる側にいる。やがて新しく来た職人を疑う側に回り、疑う者と疑われる者の立場は何度も入れ替わる。そのたびに私は、自分が何を思い何をしたのかを確かに言えなくなっていく。人を動かしているのは本人の意志なのか、それとも別の何かなのか。この作品は、小さな製造所で働く三人の職人を通してその問いを描く。
文章にはほとんど改行がなく、長い一文が私の考えの揺れをそのまま追っていく。疑いは推測を呼び、推測はすぐ自分自身への疑いに折り返す。仕事の合間に、私が屋敷と目だけで会話を交わしているつもりになる場面に注目したい。塩化鉄や臭素といった薬品の名も繰り返し出てくる。その名が工場の空気の危うさを伝え、私の頭の混乱とも重なっていく。
横光利一は、川端康成らと並ぶ新感覚派の中心にいた作家である。『機械』は1930年に雑誌『改造』に発表された。初期の感覚的な文体から、人の心の動きを細かく追う書き方へ移った時期の作品である。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
市役所の仕事が片附きかけたころ、暗室に入った屋敷を軽部が見つけて殴りつける。止めに入った私も共謀を疑われて殴られ、三人の殴り合いになる。最後には屋敷まで私を殴る。屋敷は後で、事件に終わりをつけるために私を殴ったのだと詫びる。私は、屋敷にも軽部にも疑われていることだけは確かだと感じる。
五万枚を仕上げた翌日、主人は受け取った代金を帰り道で全部落としてしまう。私たちは賃金ももらえなくなり、軽部の言い出しで三人は仕事場で夜更けまで酒を飲む。
目が醒めると、屋敷は重クロム酸アンモニアの残った溶液を水と間違えて飲み、死んでいた。周りは軽部を疑うが、私は自分が殺したのかもしれないと考え始める。薬の置き場を一番よく知り、屋敷を一番恨んでいたのは自分だったからである。私は自分が分からなくなり、「誰かもう私に代って私を審いてくれ。」と思うところで物語は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日