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いんじゅう

陰獣

江戸川乱歩

読了時間
約2時間14分
文字数
66,764字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月

三行でいうと

  1. 探偵小説家の「私」は上野の博物館で小山田静子と出会い、作家と愛読者として手紙を交わす仲になる。
  2. 静子のもとに、昔の恋人で今は作家の大江春泥から、夜ごとの行いを細かく書いた脅迫状が届く。
  3. 春泥の行方が知れないまま静子の夫の六郎が変死し、「私」は残された手がかりから推理を重ねていく。

登場人物

私
明るく理知的な作風の探偵小説家で、この記録の書き手。本田からは「寒川さん」と呼ばれる。
小山田静子
実業家小山田六郎の妻で、「私」の作品の愛読者。項に赤い蚯蚓脹れがある。
小山田六郎
碌々商会の出資社員。静子より十歳以上年上で、二年ほど海外に出ていた。
大江春泥
血みどろな作風の探偵小説家で、本名は平田一郎。人嫌いで、一年ほど前から行方が分からない。
本田
博文館の外交記者。春泥の原稿係をしていた時期があり、頼まれて行方を探す。
糸崎
事件を受け持つ検事。「私」たちと同じ猟奇会の会員である。
青木民蔵
小山田家に出入りする自動車の運転手。六郎から手袋をもらっていた。

読みどころ

探偵小説家の「私」が書き残した、事件の記録の形をとる小説である。冒頭で「私」は、今も解けない疑惑があると打ち明ける。事件の中心には、誰も素顔を知らない作家大江春泥がいる。姿を見せない相手が、なぜ静子の夜ごとの行いまで知っているのか。この謎が読者を最後まで引っぱる。

注目したいのは、「私」が静子の居間の天井裏へ上る場面だ。真上から見下ろした静子の姿が、細かく生々しく描かれる。後半では、「私」が警察に出す意見書をそのまま書き写す。理詰めの推理と、静子に惹かれていく語り手の熱が同じ文章に並んでいる。その危うさが、この作品の読みどころである。

江戸川乱歩が1928年に『新青年』に発表した中編である。作中に出る春泥の作品名『屋根裏の遊戯』『一枚の切手』は、乱歩自身の初期の短編を思わせる。作家が自分を素材に、本格の推理と怪奇趣味の両方を詰めこんだ一作として読める。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

天井裏で拾った金具は、六郎が運転手に与えた外国製の手袋の飾釦だった。死体の鬘も六郎が自分で注文していた。「私」は六郎の鍵つきの本棚から、日記帳と春泥の短篇集、筆蹟の写真版に鉛筆の跡がある『新青年』を見つける。そこで「私」は意見書を書く。脅迫状は六郎の悪戯で、六郎は鬘を冠って洋館の窓を覗くうちに軒蛇腹から落ち、塀のガラス片で背を突いて川へ落ちたという内容だった。その後、静子と「私」は根岸の隠れ家で逢うようになる。

やがて「私」は運転手の青木から、手袋を渡したのは十一月二十八日だと聞く。天井板の水洗いは十二月二十五日で、釦が落ちた順序が合わない。春泥の転居先を結ぶと円の中心は山の宿にあり、春泥が筆を絶った時期は六郎の帰国と重なっていた。「私」は隠れ家で静子を問い詰める。静子が一人三役で春泥とその細君を演じ、夫を窓から突き落としたという推理だった。静子は答えず、「私」は別れを告げて去る。

翌日、静子は隅田川に身を投げ、六郎と同じ吾妻橋下の発着所のそばで見つかる。「私」は静子の口から何も聞いておらず、推理はすべて自分の空想だったと気づく。静岡を調べさせると、行方不明の平田一郎は実在していた。半年たっても平田は現れず、「私」の疑惑は深まるばかりで記録は終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日