はむれっと
ハムレット
- 読了時間
- 約1時間
- 文字数
- 29,740字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「新青年」1946(昭和21)年10月号
三行でいうと
- 敗戦の翌年の夏、高原の避暑地で古風な装いの白髪の老人が噂になる。連れの青年祖父江がその素性を語りだす。
- 大正六年、素人芝居でハムレットを演じた小松顕正は、決闘の場で窓から落ちて正気を失った。
- 二十八年後、祖父江は看護夫として小松の邸に入る。ハムレットのまま暮らす男が本当に狂っているのかを探る。
登場人物
- 祖父江
- 語り手。性格学を学びに英国へ渡り、戦争中に無一文で日本へ戻って脳病院の看護夫をしていた。
- 小松顕正
- 私演会でハムレットを演じた青年で、舞台の窓から落ちて精神に異常をきたした。
- 阪井有高
- 小松の叔父にあたる華族の資産家で、私演会ではクローデアス王を演じた。
- 琴子
- 小松の許嫁だったが阪井と結婚した女で、私演会ではオフィーリヤを演じた。
- 鮎子
- 阪井と琴子の娘で、マリウスの霊の予言を信じ、祖父江と深い仲になる。
- 北山
- 小松の邸の執事で、私演会ではポローニヤスをつとめた。
- 綣村愛子
- 小松の邸で侍女の役をしている女。
読みどころ
中心にある問いは、狂気が本物か芝居かである。素人芝居の事故で正気を失った男は、その後もハムレットとして暮らしてきた。正気に戻ったときに何を失ったと知るのか。その問いが謎解きの面白さと悲劇の重さを両方生んでいる。
語りは二重になっている。敗戦の翌年の避暑地で、祖父江が炉辺の聞き手にノートを読んで聞かせる形をとる。小松の邸ではエリザベス朝の暮らしがそのまま続いていて、祖父江も衣装を着けて近侍になる。会話は芝居の台詞で交わされ、そこに本音がにじむ。祖父江は性格学の知識で相手を見立て、手掛かりを一つずつ拾っていく。この見立ての運びが読みどころである。
久生十蘭は、凝った文体と奇抜な趣向で知られる作家である。この作品でも、シェークスピアの『ハムレット』の筋が現実の人間関係に重なっていく。戦時下の東京の空襲が物語の舞台装置に取り込まれている点も見逃せない。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
祖父江は小松の小さな癖や答えた年齢から、小松がすでに正気に戻っていると考えて阪井に知らせる。阪井は、私演会の日に窓の外の蛇腹を伝って上手へ回り、幕越しに小松の頭を叩いたと明かす。狙いは小松の財産で、琴子とは前から通じていた。阪井は祖父江に小松の始末を頼み、引き受ければ財産の一部と鮎子を渡すと持ちかける。
祖父江は書棚の裏の壁に、正気に戻った日付が彫りつけてあるのを見つける。小松にホレーショーと呼ばれ、小松の味方をすると心に決める。しかし鮎子がオフィーリヤの像になりすまして小松の独り言を聞き取り、祖父江には薬を盛って動けなくする。阪井と琴子と鮎子は小松に、自分で死ぬよう迫る。小松は背広に着替えて防空壕に入り、「ああおれはもう死んだよ」と答える。三人は土をかけ始め、駆けつけた防護団の者たちもそれが埋葬だと気づかない。
避暑地の炉辺に話が戻る。阪井が股から真二つに裂けて死んだことは、聞き手も知っていた。祖父江によると、防空壕のそばに爆弾が落ち、崩れた土盛りから小松が飛び出してきた。祖父江は、生き返ったことが小松にとって幸福なのか不幸なのか、自分にはまだ分からないと結ぶ。
読んでみる
青空文庫で無料で読む図書カード:ハムレット本で読む
注や解説の付いた文庫は、言葉の意味や時代背景を確かめながら読めます。
次に読むなら
公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日