はえおとこ
蠅男
- 読了時間
- 約3時間54分
- 文字数
- 116,785字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号
三行でいうと
- 師走の大阪、帝塚山に焼場のような臭いが漂う。帆村荘六は煙の出る奇人館の暖炉で半焼けの屍体を見つける。
- 屍体のそばに「蠅男」と署名した脅迫状が残っていた。同じ署名の殺人予告が、富豪の玉屋総一郎にも届く。
- 警官隊が屋敷を三重に囲むなか、総一郎は鍵のかかった書斎で殺される。帆村は正体の見えない怪人を追う。
登場人物
- 帆村荘六
- 東京の有楽町に事務所をもつ青年探偵で、ある事件の調査のために大阪へ来ていた。
- 村松検事
- 帆村と親しい検事で、蠅男の捜査を指揮する。
- 糸子
- 玉屋総一郎の一人娘で、母とは早くに死に別れている。
- 玉屋総一郎
- ラジオ受信機の製造で財を成した富豪で、蠅男から殺人予告を受け取る。
- 鴨下ドクトル
- 岸姫町の灰色の屋敷に一人で住む医者で、近所からは奇人と呼ばれている。
- カオル
- 鴨下ドクトルの娘で、幼いころに東京へ預けられ、父から呼ばれて大阪へ来る。
- 池谷与之助
- 宝塚に医院を開く玉屋家の主治医で、事件の夜に屋敷で怪しい動きを見せる。
- お竜
- 蠅男と行動を共にする丸顔の若い女。
読みどころ
蠅男とは何者か。物語はこの問いを最後まで引っぱる。鍵をかけて窓もふさいだ書斎で人が殺され、天井の小さな空気穴だけが開いている。帆村荘六は現場の高さから犯人の背丈を計算し、八尺という答えを出して自分で震える。常識では解けない密室に、空想の科学でどう決着をつけるのかが読みどころだ。
語りは活劇の調子で進み、章ごとに見出しと次への引きが付く。警官や町の人々は大阪弁で話し、緊張の合間に笑いが入る。帆村が男女の靴の青い泥から東京の住まいを言い当てる場面では、手がかりの拾い方がよく分かる。宝塚の遊戯場で帆村が見る一銭活動の「人造犬」も、覚えておくとよい小道具である。
海野十三は、日本の空想科学小説の草分けとされる作家である。帆村荘六は海野の多くの作品に登場する探偵で、本作でも東京から来た私立探偵として動く。作中の年は一九三七年で、大阪の町から宝塚、有馬の山道までが舞台になる。機関銃や電話の発信元の調べといった当時の新しい道具立てが、怪人の姿と結びついている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
宝塚で帆村は、池谷与之助と丸顔の女が一銭活動のフィルム「人造犬」を買い取るところを見かける。池谷の控家を訪ねた糸子は、二階の窓から何者かに連れ去られる。帆村は自動三輪車で逃げる車を追うが、乗り捨てられた車は谷へ落ちていく。崖の上には防毒マスクに黒マントの蠅男が立っていた。蠅男は味噌樽を投げつけたうえ、三輪車を奪って逃げる。その夜、糸子は眠らされたまま帆村の部屋のベッドに返され、事件から手を引けと脅す手紙も届く。蠅男の予告どおり元検事正の塩田律之進が殺され、同じ部屋にいた村松検事が捕らえられる。
帆村は計略を立て、糸子の家の書斎に蠅男をおびき寄せる。天井の空気穴から首と細い胴が下り、ばらばらの手足がそれに集まって組み上がる。帆村は機関銃を仕込んだ左腕を投縄でもぎ取るが、蠅男には逃げられる。次に帆村は、帰ってきた鴨下ドクトルが蠅男の変装だと見破り、左の義足を奪う。書庫で見つかったドクトルの日記から、蠅男の正体が明らかになる。蠅男は死刑囚の糊本千四郎だった。ドクトルは処刑後の糊本を蘇生させ、手足と内臓を切り縮めていた。ドクトルは自分をこの体にした者として、玉屋は南洋での殺人の証人として狙われた。塩田は死刑を求めた検事として狙われた。塩田殺しは窓の外から文鎮を撃ちこんだものと分かり、村松検事は自由の身になる。
帆村は浮浪者に身をやつし、新別府温泉プールの砂風呂に入る。そこで待ち伏せていたお竜に首を絞められ、砂から首だけを出した蠅男と向き合う。帆村はお竜を投げ飛ばして蠅男を押さえ、抱えたまま湯のプールへ飛びこむ。蠅男は舌を噛んで死ぬ。その後、池谷医師が控家の天井裏で餓死しているのが見つかる。年の暮れ、帆村と糸子は夫婦となり、大勢に見送られて東京へ発つ。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日