ぎゅうにくとばれいしょ
牛肉と馬鈴薯
- 読了時間
- 約32分
- 文字数
- 15,791字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 明治のある冬の夜、芝の倶楽部に集まった紳士たちが、酒を飲みながら互いの人生観を語り合っている。
- 遅れて来た岡本の前で、上村は北海道で開墾をした昔話をし、今は理想より実際を取ると言う。
- 牛肉党でも馬鈴薯党でもないと言う岡本は、死んだ恋人の話を始め、自分の不思議な願を語りだす。
登場人物
- 岡本誠夫
- 竹内の古い友人で、名刺に肩書がなく、上村は彼の書いた物をいつも読んでいる。
- 上村
- 北海道炭鉱会社の社員で、同志社を出たあと北海道で開墾を試みたことがある。
- 竹内
- 倶楽部に集まった一人で、訪ねて来た岡本を席に招き入れる。
- 近藤
- 背の高い男で、岡本が来てからもしばらく黙ってウイスキーを飲んでいる。
- 綿貫
- 背の低い頬髭の紳士で、自分は「権利義務」で一貫したと言う。
- 井山
- 眼のしょぼしょぼした、頭髪の薄い痩せ型の紳士である。
- 松木
- 座の中で一番若そうな紳士で、たびたび話に口をはさむ。
- お栄
- 岡本が恋をした少女で、丸顔の美人である。
読みどころ
理想を取るか、実際を取るか。紳士たちはこの問いを、馬鈴薯と牛肉にたとえて言い合う。酒の席の冗談のように始まった話は、岡本が語りだすと別の方へ進んでいく。どちらの党にも入れない岡本には、ずっと抱えている願がある。その願が何なのかを追うのが、この作品を読む楽しみである。
作品の大部分は倶楽部の二階での会話でできている。上村が北海道の冬を夢見た話には、ほかの紳士たちが次々に口をはさみ、そのたびに笑いが起きる。一人だけ黙って飲んでいた近藤が、途中から岡本の話に食いついていく流れにも注目したい。にぎやかな座の中で、岡本の言葉だけが少しずつ熱を帯びていく。
国木田独歩は『武蔵野』などで知られる明治の作家である。この作品は小説の形をとりながら、人が生きることや死ぬことに驚く心とは何かを、登場人物の議論の形で問いかけている。明治の言葉づかいや漢語は多いが、台詞が中心なので、場の空気をつかめば読み進められる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
岡本はお栄との恋を語る。送別会の帰りに月夜の森でお栄に頬へ口づけされ、その蒼白い顔を見て、彼女が遠からず死ぬのではないかと怯える。その夜は丸山で首をつった若い女を見つけて交番に知らせるが、それはお栄ではなかった。二人は北海道で暮らす約束をし、岡本は故郷の山林田畑を売りに帰る。その間に母親から電報が届き、急いで戻るとお栄はもう死んでいた。
近藤は、恋人が死んだのはかえって喜ばしいと演説し、岡本の願は死んだ少女に会うことだろうと言う。岡本は椅子から立って否と叫び、それは自分の願ではないと言う。少女の復活、強い政府、聖人になること、山林の生活、大哲学者になることを挙げ、どれも自分の願ではないと退けていく。最後に明かした願は「喫驚したいというのが僕の願なんです」の一言で、一座はばかばかしいと声を上げる。
岡本は英語の詩句を引きながら、習慣の力のせいで宇宙も生も死も当たり前になり、驚けなくなっていると説く。人間を「驚く人」と「平気な人」に分け、この場の七人は皆平気な人だと言う。前の夜に死んだ夢を見て、死ぬとは思わなかったと叫んだ話もする。綿貫に物好きだと笑われると、岡本は自分も口で言うだけだと答え、「矢張り道楽でさア」と皆と一緒に笑う。その顔に、近藤だけが言いようのない苦痛の色を見て取る。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日