あるあほうのいっしょう
或阿呆の一生
- 読了時間
- 約25分
- 文字数
- 12,213字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字旧仮名
初出: 「改造」1927(昭和2)年10月
三行でいうと
- 本屋の梯子の上で世紀末の本を探す二十歳の「彼」から始まり、五十一の短い断章で一人の文学者の生涯をたどる。
- 狂人だった母の記憶、先生との出会いと死、結婚、狂人の娘との関係が、場面の切れ端として次々に現れる。
- 大地震の焼け跡を歩いた後、彼は不眠と衰弱に苦しみ、死を思いながら本を読み、書きつづける。
登場人物
- 彼
- 二十歳から三十五歳ごろまでの姿を断章で描かれる文学者で、のちに三人の子の父になる。
- 彼の伯母
- 一生独身の年寄りで、彼と度たび喧嘩をするが、彼は誰よりも彼女に愛を感じている。
- 先生
- 彼が二十五の年に会った人で、のちに危篤の電報が彼のもとに届く。
- 彼の妻
- 結婚の翌日に彼から小言を言われ、彼と伯母に詫びる。
- 彼女
- ホテルの階段で偶然出会った女で、その顔は昼にも月の光の中にいるように見える。
- 狂人の娘
- 妹を嫉妬のための自殺で亡くしている女で、彼は彼女に憎悪を感じるようになる。
読みどころ
一人の文学者が、自分の一生を「阿呆」の一生として書き残そうとする作品だ。冒頭の前書きで、書き手は「少くとも意識的には自己弁護をしなかつたつもりだ」と述べる。自分を飾らずに書くことが本当にできるのか。全編を通して、その問いが読み手に向けられている。
断章は一つひとつが短く、出来事の説明はほとんど無い。本屋の梯子、架空線の紫色の火花、剥製の白鳥など、心に残った光景が並んでいる。主人公は名前を持たず、終始「彼」と呼ばれる。章の題と、繰り返し現れる月の光や神々の笑い声に注目して読むと、断片のつながりが見えてくる。
芥川龍之介の晩年の作品で、昭和二年六月の日付が入った遺稿として残された。友人の久米正雄にあてた前書きが付き、作中の人物の多くは久米が知っているだろうと書かれている。芥川の生涯を知ってから読むと、各章が誰とのどんな出来事を書いたものかが少しずつ分かってくる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
大地震の焼け跡で、彼は十二三歳の子供の死骸に羨ましさに近いものを感じ、「誰も彼も死んでしまへば善い。」と思う。やがて不眠症に襲われ、体力も衰えていく。妻とは嵐の海を前に二度目の結婚をする。ある夜、彼は窓格子に帯をかけて縊死を試みるが、死を恐れてやめる。二度目には懐中時計で計り、苦しかったのは一分二十何秒かだったと知る。
姉の夫が自殺し、彼は姉の一家の面倒も見ることになる。好意を持っていた女と一緒に死ぬ約束をするが、彼は死ななかった。女は青酸加里を一罎彼に渡す。彼は最後の力を尽くして自叙伝『或阿呆の一生』を書き上げる。その後、古道具屋で虫に食われた剥製の白鳥を見つけ、自分の前には発狂か自殺しかないと感じる。そして、自分を滅ぼしに来る運命を待つことに決める。
親しかった友だちの一人が発狂し、彼は自分たちを支配している力を感じる。最後の断章「敗北」では、ペンを執る手が震え、涎も流れ出す。頭がはっきりするのは、ヴエロナアルを飲んで覚めた後の半時間か一時間だけになる。彼は「刃のこぼれてしまつた、細い剣を杖にしながら」その日暮らしの生活をしているところで作品は終わる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日