ぐびじんそう
虞美人草
- 読了時間
- 約6時間35分
- 文字数
- 197,423字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「朝日新聞」1907(明治40)年6~10月
三行でいうと
- 哲学好きの甲野さんと快活な宗近君が春の京都を旅する。東京では甲野さんの異母妹の藤尾が、詩人肌の小野を思うままに操っている。
- 小野の恩師の孤堂先生が、娘の小夜子を連れて京都から上京する。五年来の縁を背負う小野は、藤尾とのあいだで揺れ始める。
- 藤尾の母は財産と婿のことで思惑を巡らせている。外交官の試験に受かった宗近君は、藤尾との縁談をはっきりさせようと動き出す。
登場人物
- 甲野さん
- 哲学を学んだ二十七歳の青年で、亡父の家と財産を異母妹の藤尾に譲ると言っている。
- 宗近君
- 甲野さんの父方の縁続きで、外交官の試験に一度落ちた快活な青年である。
- 藤尾
- 甲野さんの異母妹で二十四歳。紫の着物をまとう我の強い女である。
- 小野清三
- 恩賜の銀時計をもらった文学者で、京都では孤堂先生の世話になった。
- 糸子
- 宗近君の妹で、家庭的な娘である。甲野さんの胸のうちをよく知っている。
- 小夜子
- 孤堂先生の娘で、五年のあいだ小野を思い続けてきた。
- 井上孤堂
- 京都で小野の面倒を見た恩師で、娘のために東京へ移ってくる。
- 甲野の母
- 甲野さんの継母で、作中では「謎の女」と呼ばれる。
- 浅井
- 京都以来の小野の旧友で、頼まれて孤堂先生に破談を伝えに行く。
読みどころ
美しく誇り高い藤尾がいる。恩と出世のあいだで迷う小野がいる。そこに、世をはかなむ甲野さんと、思ったことをすぐ口にする宗近君が絡む。誰が誰と結ばれるのかという筋を追ううちに、我を通す人と真面目に生きる人の違いが浮かび上がってくる。甲野さんは日記に「宇宙は謎である」と書く。登場人物はみな、その謎の前でそれぞれの生き方を選んでいく。
序盤では、叡山の登山や保津川の舟下りを通して、甲野さんと宗近君の性格が掛け合いのなかに見えてくる。藤尾が小野とクレオパトラの本を読む場面は、二人の力関係がひと目で分かる。地の文は人物を突き放して評し、藤尾の母を「謎の女」と名づけてみせる。博覧会のイルミネーションの夜に六人が同じ茶店に居合わせる場面は、のちの展開の起点になる。
夏目漱石が朝日新聞社に入って最初に連載した長編である。漢語を重ねた華やかな文章が全編に続くので、慣れるまでは少し時間がかかる。会話の場面に入ると読む速さが上がり、人物どうしの駆け引きの面白さが前に出てくる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
小野は浅井に頼んで、孤堂先生に小夜子との縁談を断らせる。そのうえで藤尾と大森へ出かける約束をする。宗近君は甲野家で、藤尾が小野の胸に金時計を掛ける場面を見る。甲野さんは宗近君に藤尾をあきらめろと言い、自分は家も財産も藤尾に譲って家を出ると告げる。宗近君は涙を流し、糸子をもらってほしいと甲野さんに頼む。破談を聞いた孤堂先生は怒り、浅井から事情を聞いた宗近君は小野の下宿を訪ねる。
宗近君に真面目になれと説かれ、小野は小夜子と結婚すると決める。新橋で待ちぼうけを食った藤尾は雨のなかを帰ってくる。宗近君はその前で、小夜子を小野の妻になる人だと紹介する。小野も自分の軽薄さを認めて詫びる。藤尾は金時計を宗近君に差し出すが、宗近君はそれを暖炉の大理石に打ちつけて壊す。藤尾は椅子を蹴返して床に倒れる。
藤尾は亡くなり、母はこれまでの自分の非を認める。宗近君に勧められ、甲野さんは家に残って母の面倒を見ることになる。葬式の夜、甲野さんは悲劇と道義についての考えを日記に書く。二か月後にその一節をロンドンの宗近君へ送ると、返事には「ここでは喜劇ばかり流行る」とあった。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日