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にほんふどうき

日本婦道記

梅咲きぬ

山本周五郎

読了時間
約17分
文字数
8,236字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1942(昭和17)年10月

三行でいうと

  1. 加賀藩の重職を務める多賀家の嫁加代は、和歌の才を認められ、もうすぐ奥義の允可がさがるところまで来ていた。
  2. 夜を徹して詠んだ歌を見た姑のかな女は、歌はもう充分だと言い、薙刀でも始めるよう嫁に勧める。
  3. 鼓も茶の湯も途中でやめてきた加代のため、良人の直輝は、和歌の稽古だけは続けさせたいと母に頼む。

登場人物

加代
多賀家に嫁いで三年になる妻で、体は弱いが家政をよく務め、和歌の道を奥まできわめたいと願っている。
直輝
加代の良人で、二千石の多賀家の当主として加賀守綱紀に仕え、妻の和歌の才を伸ばしてやりたいと思っている。
かな女
直輝の母で、身分の低い家から十六で嫁ぎ、多くの芸事に才を見せながら、どれも奥をきわめずにやめてきた。
三郎左衛門
直輝の亡き父で、若年寄を務め、隠居所の前の梅の古木に「蒼竜」と名づけた。
菅真静
前田家に召し抱えられた歌学者で、加代の和歌の師にあたる。

読みどころ

才能があり、本人も続けたいと願う稽古を、姑はなぜやめさせるのか。この作品はその問いを中心に進む。加代にとって和歌は、鼓や茶の湯と違い、奥まできわめたいと思えた道だった。姑のかな女は嫁に冷たいわけではなく、寒い寝間を気づかって肩蒲団まで縫っている。優しさと厳しさが一人の中にどう並んでいるのかが、読む人の前に置かれる。

読むときは、かな女が自分の過去を語る場面に注目したい。茶の湯でも笛でも、人に才を認められたところで手を引いてきた。世間はそれを飽きやすい気質と見ていた。話は直輝の目から見た母の姿で始まり、やがて母自身の言葉で語り直される。この順番によって、同じ出来事の意味が入れ替わる。隠居所の前で咲きはじめる梅の古木「蒼竜」も、場面の空気をつくっている。

山本周五郎は、武家の女性を描いた短編を『日本婦道記』としてまとめた。この連作で直木賞に選ばれたが、受賞を辞退している。本作は加賀藩の綱紀の時代を舞台に、姑と嫁と息子の三人だけで静かに話を運ぶ短い一編である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

直輝が頼んだ翌朝、かな女は蒼竜が咲いたからと加代を隠居所へ呼び、誰にも打ち明けたことのない話を聞かせる。姑を亡くしたあと、教養のために茶の湯を始め、師から折紙をつけられるところまで進んだ時にやめた。そのあとも笛や鼓、連歌や絵を習い、どれも九分どおりでやめてきた。世間からも良人からも、移り気だと言われてきた。

かな女は、妻が身命を打ちこむのは家を守り良人に仕えることだけだと語る。芸の奥をきわめようとすれば妻の心に隙ができ、それは眼に見えない不貞になる。加代はひれ伏して「わたくし、あやまっておりました」と言う。かな女はその覚悟があるなら歌を続けてよいと答え、端切れを継いで作った肩蒲団を加代に渡す。

その夜、直輝は妻の顔色が見違えるほど明るいことに驚く。加代は姑から肩蒲団をもらったことを嬉しそうに話し、「わたくしもはは上さまのように、やがては嫁に肩蒲団を作ってやれるような、よい姑になりたいと存じます」と言う。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日