さいごのいっく
最後の一句
- 読了時間
- 約19分
- 文字数
- 9,179字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「中央公論 第30年第11号」1915(大正4)年10月1日
三行でいうと
- 元文三年の大阪で、船乗り業の桂屋太郎兵衛を斬罪に処すると書いた高札が立てられる。
- 祖母の話を立ち聞きした長女いちは、父の代わりに子供を殺してほしいと願書を夜通し書く。
- いちは妹と弟を連れて奉行所へ行き、責め道具の並ぶ白州で奉行の佐佐から問いただされる。
登場人物
- いち
- 桂屋の長女で十六歳。父の命を助ける代わりに子供を殺してほしいと願書を書く。
- まつ
- 二女で十四歳。姉に誘われて奉行所へついて行く。
- 長太郎
- 十二歳の男子。女房の里方から赤子のうちにもらい受けた子で、姉たちと奉行所へ行く。
- とく
- 太郎兵衛の娘で八歳。
- 初五郎
- 太郎兵衛が初めて設けた男子で、末子の六歳。
- 太郎兵衛
- 桂屋の主人で居船頭。難船の残り荷を売った金を受け取り、死罪を言い渡される。
- 新七
- 太郎兵衛の船に乗る沖船頭。残り荷の代金を米主に返さずに済まそうと持ちかけ、訴えられると逃走する。
- 佐佐
- 西町奉行。大阪に来て一年たたない新参で、いちの願書を受け取ることになる。
- 太田
- 大阪の城代。佐佐の相談を受け、子供たちを白州で取り調べることに決める。
読みどころ
十六歳の娘が、父を助けるために自分たちきょうだいの命を差し出そうとする。筋だけ見れば孝行娘の話だが、鷗外はいちの申し出を受けた役人たちの側からも描いている。いちの言葉が大人たちに何を感じさせたのかが、この短編の中心にある。
注目したい場面は二つある。一つは、いちが夜ふとんの中で願書を思い立ち、門番に帰れと言われても門の前にしゃがんで待つところだ。もう一つは白州で子供が年の順に一人ずつ呼ばれ、それぞれ違う答え方をする場面である。語り手はいちの胸の内をほとんど語らず、記録を写すように出来事を並べていく。題名の「最後の一句」がどの言葉を指すのか、確かめながら読むとよい。
森鷗外は晩年、江戸時代の記録に取材した歴史小説を多く書いた。この作品もその一つで、1915年に「中央公論」に発表された。語り手が現代の言葉で当時の役人の心の動きを解説するところにも、鷗外の歴史小説らしさが出ている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
白州でいちは少しも臆せず、願書を出すまでのいきさつを答える。長太郎も自分だけの願書を出し、まつと長太郎は兄弟といっしょに死にたいと答える。とくは目に涙をためて黙り、初五郎はかぶりを振る。佐佐は責め道具を指さし、うそがあれば責めさせると言う。さらに身代わりが聞き届けられれば父の顔も見られずに殺されるが、それでもいいかと問う。いちは「よろしゅうございます」と答え、少し間を置いて「お上の事には間違いはございますまいから」と言い足す。
佐佐の顔には一瞬驚愕の色が浮かぶが、何も言わずに子供たちを引き取らせる。そのあと太田と稲垣に「生先の恐ろしいものでござりますな」と言う。献身のうちに潜む反抗の鋒は、書院にいた役人一同の胸を刺した。
城代も両奉行もいちを「変な小娘だ」と感じ、同情は薄かった。それでも太郎兵衛の刑は「江戸へ伺中日延」となる。翌元文四年三月二日、大嘗会が行われてから日が浅いことを理由に、太郎兵衛は死罪を赦される。大阪の三口に立ち入れないという条件つきで追放となり、家族は西奉行所に呼び出され、父に別れを告げることができた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日