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えいじつしょうひん

永日小品

夏目漱石

読了時間
約1時間40分
文字数
49,761字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 1909(明治42)年1~3月

三行でいうと

  1. 正月の客や泥棒騒ぎ、猫の死など、身の回りの小さな出来事を綴った二十五の小品が並ぶ。
  2. 筆はロンドンの下宿や霧の街へも飛び、仲の悪い一家や、人の波に押されて歩く自分の姿を描く。
  3. 終盤では、学生時代の友中村や、沙翁の字典を作り続けるクレイグ先生の思い出がたどられる。

登場人物

自分
語り手で、家族と暮らしながら書斎で原稿を書き、若い人たちの訪問を受ける。
虚子
元日に黒紋付で訪れ、鼓を炭火で焙ってから語り手の謡に合わせて打つ。
叔父さん
雨で濁った川に網を下ろし、かかった蛇を向こうの土手へ投げる。
喜いちゃん
銀行の御役人の家の子で、生垣の間から裏の長屋を見下ろして遊ぶ。
与吉
大工の源坊の倅で、崖の上の喜いちゃんと顔を合わせるたびに喧嘩になる。
アグニス
ロンドンの下宿で使われている十三四の女の子で、黙って石炭や焼麺麭を運ぶ。
井深
日曜ごとに古道具屋をのぞき、西洋の女の画を八十銭まで負けさせて買う。
大刀老人
亡妻の石碑を立てるため、先祖伝来の懸物を売ろうと決める。
中村
語り手と私塾で教えながら予備門に通った友で、のちに満鉄の総裁になる。
クレイグ先生
ロンドンで語り手が一回七志で教わったアイルランドの人で、沙翁字典の原稿を書き溜めている。

読みどころ

『永日小品』は、正月の客や泥棒騒ぎのような身近な出来事から、ロンドンの霧の街まで、短い文章を並べた作品集だ。一編ごとに長さも調子も違う。笑える話のすぐ隣に、妙に冷える話が置かれている。『蛇』や『モナリサ』のように、説明のつかないまま終わる話もある。日常の手触りと不思議さの境目を味わえる。

語りの多くは「自分」の一人称で進む。『元日』では、謡と鼓の掛け合いがうまくいかない様子を、語り手が自分の失敗としておかしく書く。『猫の墓』では、家族に構われずに弱っていく猫の姿が淡々と追われる。後半の『クレイグ先生』は、ロンドンで習った老教師の癖や口ぶりを、皮肉をまじえて細かく描いた一編である。

夏目漱石が1909年に『朝日新聞』に連載した小品で、『紀元節』の文中にも「明治四十二年の今日」とある。家族との暮らし、ロンドン留学の記憶、学生時代の友人など、作家自身の身辺に材を取った文章が多い。長編に入る前に、漱石の文章の呼吸を短い単位で知ることができる。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

正月の謡は虚子の鼓の掛声に押されて崩れ、語り手は皆に笑われる。雨の川で叔父さんが投げた蛇は、鎌首を上げて二人を見る。そのとき「覚えていろ」と声がしたが、叔父さんは誰だかよく分からないと答えるだけだ。泥棒が盗んでいったのは帯ばかりで、翌晩の物音は鼠が鰹節をかじる音だった。喜いちゃんが崖下へ落とした柿は渋く、与吉はそれを喜いちゃんへ投げつける。

ロンドンの下宿を出た語り手は、数か月後にK君を訪ねる。戸を開けたアグニスと顔を合わせた瞬間、下宿の匂いがよみがえる。語り手は二階へ上がってK君に会う気になれない。早稲田の家では瘠せた猫が死に、妻は急に墓を手厚く弔い始める。四つの女の子は、墓に供えた茶碗の水を杓子ですくって飲む。金を借りたまま来なくなった青年からは、翌年の正月に山鳥が届く。語り手は礼状に「先年の金子の件御介意に及ばず」と書き添える。井深の画は欄間から落ちて割れ、裏から出た紙の意味は誰にも分からない。画は五銭で屑屋に売られる。大刀老人は懸物を売って石碑を誂え、買い手の茶室に懸かった懸物を見て、自分が持っているより安心かもしれないと話す。

語り手は中村から急に呼び出されるが、電話が風で切れて会えずに終わる。中村は満鉄の総裁になり、語り手は小説家になった。クレイグ先生は、字典は死ぬまでやるだけだと語っていた。帰国して二年ほどのち、語り手は雑誌で先生の死を知る。そして、あの字引は完成しないまま反故になったのかと考える。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日