あしかり
蘆刈
- 読了時間
- 約1時間17分
- 文字数
- 38,440字
- 読みやすさ
- 歯ごたえあり
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「改造」改造社、1932(昭和7)年11月号、12月号
三行でいうと
- 十五夜の夕方、わたしは後鳥羽院の離宮の跡をたずねて山崎へ行き、淀川の洲で月を眺める。
- 葦のあいだにいた見知らぬ男が酒をすすめ、幼いころ父に連れられて歩いた月見の話を語り出す。
- 父は若後家のお遊さんを慕い、その妹のお静を妻に迎える。婚礼の晩、お静は思いがけないことを言う。
登場人物
- わたし
- 岡本に住む語り手で、五十に近い。十五夜に水無瀬の宮の跡をたずね、淀川の洲で月を見る。
- その男
- 大阪の南で骨董の店を営む男。毎年十五夜には巨椋の池へ月見に行くと話す。
- 慎之助
- 男の父。御殿風の上品な女を好み、縁談を断り続けて二十八まで独身だった。
- お遊
- 小曾部の娘で、粥川の家に嫁いだ。二十二、三で夫を亡くした若後家で、琴をよくする。
- お静
- お遊さんの妹。姉を何より大切に思っている。
- 叔母
- 父の妹で、お遊さんとは幼なじみ。父とお遊さんの縁をつなぐ。
- 宮津
- 伏見の造り酒屋の主人。巨椋の池に別荘を持つ。
読みどころ
見知らぬ男が月の下で語る、父の生涯をかけた恋の物語だ。父は一人の女を思い続け、妹はその姉のために自分の結婚を差し出す。三人が互いを気づかうほど、関係は世間の目から遠い、奇妙な形になっていく。男の語りが終わったとき、聞き手が何を見ていたのかは最後の数行まで分からない。
前半は語り手の散策記として進む。水無瀬の宮の跡や淀川の景色を前に、古典の文章や和歌、漢詩が次々に思い出される。後半は男の語りに切り替わり、「ござります」で結ぶ長い文が句点もまれに続いていく。お遊さんの顔を父が評する「蘭たけた」という言葉や、重い縮緬の長襦袢をめぐる場面に注目したい。語りの調子に身をまかせると、聞き手と一緒に話へ引き込まれていく。
谷崎潤一郎が1932年に発表した中編で、翌年には『春琴抄』を書いている。冒頭に掲げられた古歌が題になっている。ひらがなを多く使い、読点を少なくした文体は、この時期の谷崎が試みたものだ。古典の世界への憧れと、身を捧げる人を描く主題がこの一作に重なっている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
お静は婚礼の晩、姉さんの心を察してここへ来たと打ち明ける。自分はうわべだけの妻でよいので、姉さんを仕合わせにしてほしいと泣いて頼む。父はその申し出を受け入れ、二人は夫婦の交わりを持たないまま、お遊さんと三人で芝居や旅に出かけるようになる。やがてお静はそのことをお遊さんに話す。お遊さんは初めは驚くが、しだいに妹夫婦の計らいに身をまかせていく。男は、父とお遊さんは最後の一線だけは越えなかったと言う。
お遊さんが二十七のとき、粥川の家の跡取りの一が肺炎で死ぬ。母親の注意が足りなかったと責められ、お遊さんは離縁されて実家に戻る。兄は伏見の宮津との再縁を勧め、父とお静にも説き伏せるよう求めた。父は心中も考える。しかし、お静を置いていけないことと、お遊さんを死なせるのは痛ましいという思いから、巨椋の池の別荘へ嫁ぐよう本人に勧める。お遊さんは涙を一粒落とし、言う通りにすると答える。
別れたあと、父とお静は本当の夫婦になった。男はそのお静が生んだ子だった。話を終えた男は、今も十五夜には別荘の生垣からのぞくと、お遊さんが琴を弾いているのだと言う。わたしがもう八十近いはずだと尋ねたとき、男の姿は月の光に溶けるように消えていた。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日