ちちかえる
父帰る
- 読了時間
- 約15分
- 文字数
- 7,362字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
三行でいうと
- 明治四十年頃の南海道の小さな町。父が家を出て二十年、母と三人の子はつつましく暮らしている。
- 父によく似た老人を見たと噂が届く。その晩、家の前に立って玄関を見ている年寄りを妹が見かける。
- やつれた父がついに帰ってくる。母と弟妹は迎え入れるが、長男の賢一郎だけは下を向いて黙っている。
登場人物
- 黒田賢一郎
- 二十八歳の長男で、十の年から県庁の給仕をして弟と妹を中等学校まで出した。
- 新二郎
- 二十三歳の弟で、小学校の教師をしながら英語の検定を取ろうとしている。
- おたね
- 二十歳の妹で、仕立物の仕事をしており、嫁入りの話が来ている。
- おたか
- 五十一歳の母で、夫が出奔したあと三人の子を育ててきた。
- 宗太郎
- 二十年前に家を出た父で、見世物の興行をしていたが呉で小屋が焼けて落ちぶれた。
読みどころ
二十年前に家族を捨てた父が、年老いて一文なしで戻ってくる。子はその父を迎え入れるべきなのか。舞台は六畳の一間と一晩だけで、話はこの問いの一点に絞られている。父を許さない賢一郎にも、父を養おうとする新二郎にも、それぞれにうなずける理由がある。
前半の食卓の会話に注目したい。母はつい昔の話をしかけ、賢一郎はそのたびに話をそらす。杉田校長の噂や家の前の人影によって、父は姿を見せる前から部屋の空気を変えていく。台詞はすべて土地の言葉で書かれ、ト書きには一人一人の表情の動きが細かく書き込まれている。
菊池寛は後に雑誌『文藝春秋』を興した作家である。『父帰る』は1917年に同人誌『新思潮』に発表した一幕物の戯曲だ。台詞とト書きだけで進むが短く、戯曲を読み慣れていない人でも筋は追いやすい。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
父は賢一郎に杯をさしてくれと頼むが、賢一郎は応じない。代わりに杯を取った新二郎も止め、自分たちに父親はいないと言い切る。八歳のとき母に手を引かれて築港で身投げしたこと、十歳から給仕に出たこと、親子四人で昼飯を抜いたことを挙げ、父を自分の敵と呼ぶ。
父は出て行くと言う。新二郎は自分が養うと引き留めるが、賢一郎は弟と妹の父親の役目をしたのは自分だと言い返し、その人を世話するなら口を利かないと告げる。父は玄関でつまずいて腰をつき、帰ってから三日、毎晩家の前に立っていたが敷居が高くて入れなかったと独り言のように語る。そして妻を一目見て出ていく。
母とおたねに名を呼ばれ、しばらく張りつめた時が過ぎる。賢一郎は新二郎に父を呼び返してこいと言う。新二郎は南の道を探したが見つからずに戻り、北を探すから来てくれと兄を呼ぶ。兄弟二人が父を探しに飛び出していくところで幕となる。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日