あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
徒労に賭ける
- 読了時間
- 約37分
- 文字数
- 18,023字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「オール読物」1958(昭和33)年9月
三行でいうと
- 養生所の見習医の保本登は、新出去定の外診の供をして、残暑のきびしい江戸の町を歩く。
- 去定はみくみ町の娼家で女たちを診察し、客を取らされている幼い少女おとよを見つける。
- 七日後に再び訪ねると、おとよの姿は消えていた。帰りがけの去定の前に若い男たちが立ちふさがる。
登場人物
- 登
- 長崎へ遊学した養生所の見習医で、新出去定の外診の供をする。
- 新出去定
- 養生所の医者で、十日に一度ほどみくみ町の娼家へ出向き、女たちを強引に診察して治療している。
- 竹造
- 薬籠を背負って外診に付いて歩き、ならず者たちの態度に顔を赤くして怒る。
- 森半太夫
- 養生所の古参で、入所患者の日記をつけている。去定といちばん近しいが、その経歴はほとんど知らない。
- おとよ
- みくみ町の娼家にいる少女で、年は十五だと言い張る。体つきは十三歳より上には見えない。
- 和泉屋徳兵衛
- 日本橋白銀町の質両替商で、中風の妻の薬礼が高すぎると不満に思い、去定に皮肉を言う。
読みどころ
貧しさと無知から生まれる悪に、人はどう向き合えばよいのか。去定はこれまでの仕事の多くが徒労に終わったと認める。そのうえで、自分の一生を徒労にうちこんでもいいと語る。救っても逃げていく女がいて、娼家の主人も町医者も簡単には変わらない。この話の中心には、報われない努力を続ける人の姿がある。
去定の言葉の揺れに注目して読みたい。去定は「人間ほど尊く美しく、清らかでたのもしいものはない」と言い、すぐに人間の卑しさも並べ立てる。熱弁をふるった直後に、ばかばかしいと自分を責める場面も多い。それを聞く登の戸惑いと敬意は、読者の気持ちとも重なる。終盤の立ち回りと、そのあとの「かれも人間、これも人間」という嘆きの落差も読みどころだ。
『赤ひげ診療譚』は養生所を舞台にした連作で、この話はその一編にあたる。江戸の市井に生きる人々を描き続けた山本周五郎の代表作の一つである。黒澤明の映画『赤ひげ』の原作としても知られる。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
最初の外診から七日目に、去定は和泉屋徳兵衛の皮肉を受けて不機嫌になり、その足でみくみ町へ向かう。十七軒の娼家をすべて回るが、おとよのいた家では、三日前に逃げたと告げられる。去定は問いただしもせず家を出る。門へ向かうと若い男が二人で道をふさぎ、今後この土地へ来るなと言う。去定が誰に頼まれたのかと迫ると、仲間が駆けつけて五人になる。その中には、本郷で去定にわざと突き当たった男もいた。
去定は登と竹造を下がらせ、ひとりで五人を相手にする。わずかな間に四人が地面にのび、去定はあにき分の男を組み伏せる。男は、養生所の医員である井田の若先生に頼まれたと白状する。湯島の荒巻と天神下の石庵という町医者からも、前から頼まれていたと言う。去定は自分が痛めつけた男たちの傷を手当てし、折れた腕に副木を当てる。仕事が欲しければ養生所で相談に乗ると言い、やりすぎたことを詫びる。
黄昏の帰り道で、去定は井田親子にはいずれ始末をつけると言う。ただ、荒巻や石庵も家族を養うために非道をしている人間だと認める。どこかでなにかが間違っているが、それがどこなのか分からないと首を振る。登はさっきの豪快な立ち回りを思い出して小さく笑い、なんでもありませんとごまかす。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日