あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
むじな長屋
- 読了時間
- 約53分
- 文字数
- 26,205字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「オール読物」1958(昭和33)年5月~6月
三行でいうと
- 養生所の見習医の保本登は、嫌っていた医員の上衣を自分から着はじめる。きっかけは病人の一言だった。
- 登の受け持つ佐八は、むじな長屋に住む労咳の輻職人だ。稼ぎも薬も人に与えてしまい、養生をしない。
- 佐八が吐血した日、長屋の裏の空地から古い女の死躰が掘り出される。翌日、佐八は登に話があると言う。
登場人物
- 保本登
- 養生所の見習医で、去定の供でむじな長屋へかよううちに佐八を受け持つ。
- 新出去定
- 養生所の医長で、赤髯と呼ばれる。かよい療治の停止を言い渡されて怒る。
- 森半太夫
- 去定に付く医員で、まさをの訪問と天野家の話を登に伝える。
- お雪
- 養生所の台所で働く娘で、半太夫を恋している。
- 佐八
- むじな長屋に住む輻屋で、労咳を病みながら稼ぎを近所の人に与えてきた。
- 治兵衛
- むじな長屋の差配で、佐八をもういちど丈夫にしてやりたいと願う。
- おなか
- 佐八が若いころ夫婦になった女で、佐八はうわごとでその名を呼ぶ。
- 平吉
- 九つから酒を飲み続けてきた男で、長屋で佐八と並ぶ古い店子。
- まさを
- 天野源伯の娘で、登を訪ねて来て半太夫に話を託す。
読みどころ
佐八は自分の暮らしを削ってまで、長屋の人に尽くしてきた。治兵衛はその姿を「神か仏の生れ変りのような」と言う。登にはそうは思えず、もっと人間臭い理由があるのではないかと感じる。人はなぜそこまで人に尽くせるのか。読み手は登と同じ問いを抱えて佐八の枕許に座ることになる。
前半では、養生所を取り巻く事情が描かれる。かよい療治の停止に怒る去定は、道々独り言で幕府を呪う。最後にはその怒りを自分で打ち消してしまう。肥えた大名を食事の制限で威しつける場面には、去定の荒々しさとおかしみが同時に出ている。酔った平吉がまくしたてる貧乏人の言い分も読み飛ばさないでほしい。佐八はそれを笑わないでくれと登に頼む。後半は佐八の語りが中心になり、若いころの出会いから順にたどられていく。
山本周五郎の『赤ひげ診療譚』は、見習医の保本登が去定のもとで患者と向きあう連作である。本作はその一話で、養生所を嫌っていた登の気持ちが変わりはじめるところを描く。かつての婚約者ちぐさへの思いを登が省みる夜も、この話に収められている。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
明くる朝、登は佐八のもとへ呼ばれる。佐八は人払いを頼み、登にだけ昔の話を打ち明ける。若いころ、呉服屋の女中だったおなかと知りあい、一年後に夫婦になった。丙午の年の火事でおなかは行方が知れず、佐八は死んだものと諦めてむじな長屋へ移った。二年後、浅草寺で赤児を背負ったおなかと出会う。
ある夕方、おなかが長屋を訪ねて来た。おなかには親の決めた男がいた。火事のとき罰が当ったと思い、親の言うままにその男と夫婦になったと語る。おなかは帰って来たと言い、佐八に抱きついた。そのとき自分の左の乳の下を匕首で突いて、「放さないで」と言いながら息絶えた。佐八は仕事場の下におなかを埋め、そのまま共に暮らしてきた。
近所の人に尽くしてきたのは、おなかへの供養と罪ほろぼしのためだった。佐八は、裏で掘り出されたのがおなかであり、迎えが来たのだと語る。そして登に、その骨はおなかで自分が埋めたものだと差配に伝えてほしいと頼む。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日