あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
氷の下の芽
- 読了時間
- 約41分
- 文字数
- 20,034字
- 読みやすさ
- ふつう
- 表記
- 新字新仮名
初出: 「オール読物」1958(昭和33)年12月
三行でいうと
- 年の暮れの養生所に、母親に伴われた十九歳の娘おえいが来る。身ごもった子をおろしてもらうためだ。
- おえいは子を産むと言い張り、夜明けに逃げようとする。登は去定に命じられ、娘から事情を聞き出す。
- 登は目見医にあがる話を断り、養生所に残ると決める。そこへ酒に酔った母親のおかねが乗り込んでくる。
登場人物
- 保本登
- 養生所に入って一年になる若い医者で、来年三月から目見医にあがる話が決まっている。
- 去定
- 養生所の医長で、赤髯先生と呼ばれる。事情によっては子おろしも引き受けてきた。
- おえい
- 十九歳の娘で、蝋燭問屋「近六」で下女をしていたが、身ごもって暇を出された。
- おかね
- おえいの母親で、子をおろさせようと娘を養生所へ連れて来る。
- 森半太夫
- 養生所の医員で、登の同僚。
- まさを
- 天野源伯の娘で、登と内祝言の盃を交わす。
- ちぐさ
- 登が長崎に遊学していた間に、ほかの男と結ばれたかつての婚約者。
- 津川玄三
- 登と入れ替わりに養生所へ呼び戻される医員。
読みどころ
白痴のようにふるまう娘が、実は十歳のときから自分の意思でばかのまねを続けていた。おえいがなぜそうしたのかが、この話の中心にある。親に売られないために選んだ道であり、生まれてくる子を一人で育てるという決意もそこから続いている。同じころ、登も出世の道を捨てて養生所に残ろうとする。二人の選んだ道が重なっていく。
読むときは、おえいの話しぶりと動作に注目したい。舌のまわらない口調で語り、口のまわりを手の甲で拭い続けるが、話の筋は通っている。登はそれを見ながら、まねが身に付いてしまったのだろうと考える。終盤の去定と登のやりとりも読みどころである。去定は怒鳴ったことを悔やむが、登はその考えに真っ向から異を唱える。師と弟子の立場が少しずつ入れ替わっていく。
『赤ひげ診療譚』は山本周五郎の連作で、小石川養生所の医者たちと貧しい患者を描く。この話はその最後の一編にあたる。題は、氷の中でも芽を育てる情熱にこそ生きがいがあるという登の思いから取られている。前の話を読んでいなくても筋は追えるが、登が一年でどう変わったかを知っていると、結びの場面の重みが増す。
結末まで知りたい人へ
結末を表示する(ネタバレを含みます)
おえいは二刻あまり黙っていたが、やがて身の上を語り出す。父の佐太郎と母のおかねは、子供たちを幼いうちから奉公に出して給銀を前借りし、姉のおりつは岡場所に売られた。おえいは十歳のときに、ばかになれば身を売られずに済むと考えた。十二のときに梯子段から落ちたのを機に、町内にいた白痴の男のまねを始めたのである。いま母は妹たちまで売ろうとしている。おえいは男を持たず、子を一人で育てると言う。「男なんてものは、いつか毀れちまう車のようなもんです」と。
登は「近六」を訪ね、主人の六兵衛から、産後もおえいを下女として使い、母親は寄せつけないという約束を取りつける。養生所に戻ると、津川玄三が来ている。そこへ酔ったおかねが現れ、子をおろせと迫る。登が娘をくいものにするなと言うと、おかねは親に尽くすのが子の務めだと言い返す。そこへ去定が入ってきて、おかねを犬畜生にも劣ると怒鳴りつける。子供たちに手を出せば町奉行に届けると告げ、おかねはよろめきながら去る。
去定はすぐに、あの女が悪いのは貧しさと境遇のためで、怒鳴るべきではなかったと悔やむ。登は貧富は人の本質に関係がないと反論する。そのうえで、津川を呼ぶ必要はない、自分はここに残ると言う。去定は医は仁術という言葉を似而非医者のたわ言だと切り捨て、なおも目見医にあがれと命じる。登は力ずくでも出ていかないと譲らない。去定は「きっといまに後悔するぞ」と言い、登が「ためしてみましょう」と頭をさげると、ゆっくり部屋を出ていく。
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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日