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あいぶ

愛撫

梶井基次郎

読了時間
約6分
文字数
2,821字
読みやすさ
ふつう
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「詩・現実」1930(昭和5)年6月

三行でいうと

  1. 猫の耳を「切符切り」でパチンとやってみたい。私は子供のときからそんな空想を捨てられずにいる。
  2. ある日、猫と遊んでいて耳を噛んでしまう。その悲鳴を聞いて、長年の空想はその場で壊れる。
  3. 私は次に、猫の爪をみんな切る空想を始める。やがて猫を飼う女の人の部屋で、奇妙な夢を見る。

登場人物

私
子供のときから、猫の耳を「切符切り」で切ってみたいと空想してきた語り手である。
X
可愛い猫を飼う女の人で、私が行くと抱いていた猫をいつも私のほうへ放してよこす。
ミュル
Xが飼っている仔猫で、抱きあげるといつも微かな香料の匂いがする。

読みどころ

猫が可愛くてたまらない気持ちと、その体を壊してみたい空想が、一人の中に同居している。この短い作品の芯はそこにある。耳を切ってみたい。爪を切ったらどうなるか。思い浮かべる中身は残酷でも、語り手は猫の体に心を奪われている。題の「愛撫」がその両方を受け止める。

注目したいのは、猫の体を書く言葉の細かさである。耳は「竹の子の皮のように」表に毛が生え、裏はピカピカしている。耳を噛まれた悲鳴は、弱いところから始まってだんだん強くなる。読み進めると、空想、発見、また空想、夢と移っていき、最後は猫の蹠を眼蓋にのせる場面にたどり着く。「快い猫の重量」に至るまでの流れを追ってほしい。

梶井基次郎は、身の回りの物や小さな生き物を感覚の言葉で書き込んだ作家である。この作品では、残酷な空想と夢と猫への愛着が、数ページのあいだに詰まっている。梶井の文章の手触りを短い時間で味わえる一編だ。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

夢の中で、Xは鏡の前で猫の手を使って顔に白粉を塗っている。投げてよこされたそれは、やはり猫の手だった。今日はいつもの仔猫がいない。Xは平然と「わかっているじゃないの。これはミュルの前足よ」と答える。外国で流行っていると聞いて作らせたもので、作ったのは大学の医科の小使だった。

私はその小使の噂を思い出して嫌な気になる。そして女の無神経さや残酷さを憎み出す。それでも、外国での流行の話はどこかで読んだ気もしていた。

夢から覚めた私は、猫の前足を引っ張ってきて、独り笑いをしながら毛並を撫でる。仰向けに寝転んで猫を顔の上にあげ、柔らかい蹠を一つずつ眼蓋にあてがう。疲れた眼に休息が伝わってくる。話は、爪を立てないでくれと仔猫に頼む「しばらく踏み外さないでいろよ」という呼びかけで終わる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日