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きがくてきげんかく

器楽的幻覚

梶井基次郎

読了時間
約5分
文字数
2,469字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「近代風景」1928(昭和3)年5月号

三行でいうと

  1. 仏蘭西から来た若い洋琴家の連続音楽会に、私は六回通う。静かなホテルの会場に、教室のような親しさを覚えていく。
  2. 終わり近いある夜、私は第一部のソナタに深く没入する。休憩に外へ出ると、その感動は無感動に似た気持ちを伴いはじめる。
  3. 第二部の演奏中、私の耳はたびたび音楽を離れる。拍手と静けさが入れ替わるさまが、一つの長い音楽のように見えてくる。

登場人物

私
洋琴家の六回の連続音楽会に通い、終わり近い夜に強い感動と孤独を味わう。
友達
私と同じ音楽会に来ていて、休憩には私と黙って煙草を吸う。
洋琴家
仏蘭西から来た年若い演奏者で、秋から冬にかけて多くの楽曲を演奏する。
侯爵
音楽好きで名高い人物で、会の終わりに出口の近くで私の前に立つ。

読みどころ

音楽に深く没入した夜、私の目に、聴いている自分と聴衆の姿が急に遠く見えはじめる。感動の頂点がそのまま孤独へ転じていく心の動きが、この短い作品の中心にある。題名にある幻覚の語が何を指すのか、考えながら読みたい。

注目したいのは、子どもの頃の耳の悪戯にたとえる箇所だ。両耳を指でふさいだり開けたりすると、喧噪のなかで人びとの顔が無意味に見えてくる。作者は読者に問いかける形で、この感覚を読者自身の記憶から呼び起こす。休憩中の煙草や、ソナタの旋律を吹く口笛への嫌悪など、小さな出来事で心の揺れを追う書き方にも目を向けるとよい。

梶井基次郎は『檸檬』で知られ、短い作品のなかで感覚の細部を描いた作家だ。本作も大きな事件は起こらず、演奏会の一夜だけを描く。感覚が鋭くなりすぎた心の記録として読める小品である。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

演奏者の右手が高い音のピアニッシモに触れ、聴衆が一斉に息を殺したとき、私は突然烈しい孤独感に捕えられる。少し前までざわめいていた人びとの石のような静けさが、私には不思議でならない。あの白い手が鍵盤の上で殺人を演じても、誰一人叫ばないだろうと私は考える。孤独は音楽会から都会、そして世界へと広がり、その後の音楽はすべて無意味に感じられる。

会が終わり、私は病気のような寂寥感を抱えて人びとと出口へ向かう。音楽好きで名高い侯爵が前に立ち、その服地の匂いが私の寂寥を打つ。すると侯爵の威厳に充ちた姿はたちまち萎縮し、その場に仆れてしまう。私は意志によらない同じような犯行を何人もの心に加えることに、言いようのない憂鬱を感じる。

私は玄関で待つ友達と一緒になるために急ぐ。しかしその夜は、いつも二人で歩く銀座へは行かず、一人で家へ歩いて帰る。予感していた不眠症が、幾晩も私を苦しめる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日