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くさまくら

草枕

夏目漱石

読了時間
約2時間49分
文字数
84,026字
読みやすさ
歯ごたえあり
表記
新字新仮名
読む速さ

初出: 「新小説」1906(明治39)年9月

三行でいうと

  1. 語り手の画工は、人の世の煩いを離れて物を画として見る非人情の旅を思い立ち、春の山路を那古井の温泉場へ向かう。
  2. 宿の出戻りの娘那美は夜ふけの庭や湯殿に姿を見せ、思いがけないふるまいで画工を驚かせつづける。
  3. 那美は自分が池に浮かぶ姿を描いてと頼むが、画工はその顔に何かが足りないと感じ、筆が進まない。

登場人物

余
語り手の画工で、三十歳になり、非人情の旅を志して那古井の温泉場に逗留する。
那美
志保田の娘で、親の決めた城下の家に嫁いだが、夫の銀行がつぶれて那古井へ帰ってきた。
老人
那美の父で、骨董を好む志保田の隠居。
婆さん
峠の茶店の主で、もと志保田に奉公しており、画工に長良の乙女の話を聞かせる。
源兵衛
那古井の馬子で、五年前に嫁入りする那美を馬に乗せて峠を越した。
大徹
観海寺の和尚で、那美が法を問いに通う禅僧。
了念
観海寺の小坊主で、口が達者。
久一
那美の従弟で、もと志願兵だったため戦争に召集される。
親方
那古井に流れてきた江戸っ子の床屋で、那美の噂を画工に話す。
野武士
画工が野武士と呼ぶ髯の男で、那美の離縁された夫。

読みどころ

冒頭の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」は、日本の小説で最もよく知られた書き出しの一つである。住みにくい世をどう住みよくするかについて、画工は利害や人情から一歩退く道を選ぶ。人も景色も画の中のものとして眺める見方で、本人はこれを非人情と呼ぶ。問いの中心は、人はそうやって世の中を眺めつづけられるのか、という点にある。

筋を追う小説ではない。画工は歩きながら、湯につかりながら、詩や画について長く考える。その途中で作った俳句や漢詩も本文にそのまま並ぶ。床屋の親方とのかみ合わない掛け合いもあれば、鏡が池に椿が落ちつづける妖しい場面もある。那美との会話では、画工が投げた言葉を那美がかわし、画工はたびたび先を越される。その調子にも注目したい。

夏目漱石が『坊っちゃん』と同じ1906年に発表した初期の作品である。画工の非人情の旅は、山あいの村にまで届いてくる戦争の話と隣り合わせで進む。漢語が多く読むには骨が折れるので、分からない語は飛ばして文の調子を味わうとよい。

結末まで知りたい人へ

結末を表示する(ネタバレを含みます)

ある日、画工は岡の上の草原で、那美が野武士のような男と向き合うのを見る。那美は帯の間から財布を出して男に渡す。男は那美の離縁された夫で、貧しくて日本にいられず、金を貰いに来た。満洲へ行くつもりでいる。那美はその足で兄の家に寄り、伯父からの餞別として白鞘の短刀を久一に渡す。

久一が発つ日、老人、那美、那美の兄、源兵衛、画工は川舟で吉田の停車場まで久一を送る。那美は久一に、生きて帰っては外聞が悪いと言い、駅でも「死んで御出で」と声をかける。汽車が動き出すと、最後の三等列車の窓から野武士が顔を出し、那美と目が合う。

汽車を見送る那美の顔には、画工がこれまで見たことのない憐れが一面に浮かんでいた。画工は那美の肩を叩き、「それだ! それだ! それが出れば画になりますよ」と小声で言う。画工の胸の中の画は、この一瞬に出来上がる。

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公開: 2026年10月27日 更新: 2026年10月28日